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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

まさに「疾風怒濤」←入党してわずか2日でおおさか維新の会を離党した山田太郎議員(爆)

ツッコミ 雑談

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http://www.flickr.com/photos/29200401@N03/5630576527

photo by n_waka

疾風のように去った…入党後2日でおおさか維新離党の議員がいた 馬場幹事長「人間として信用出来る方ではない」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

中学校の部活の仮入部ぢゃないんだから(爆笑)。

おおさか維新の会の馬場伸幸幹事長は28日の記者会見で、25日に入党を許可した直後の27日に離党届を提出した山田太郎参院議員=比例代表=について、除籍(除名)処分とすることを明らかにした。馬場氏は松井一郎代表(大阪府知事)と協議した結果だとして、「(松井氏は)裏切り行為と思えるような行動については規則に照らし合わせて処理するようにということだった」と述べた。

  おおさか維新は26日に山田氏を夏の参院選埼玉選挙区の公認候補に決めたばかりだった。しかし、その後山田氏は馬場氏に「いろいろ考えた結果、埼玉から出ることは難しい。埼玉で活動することは不可能だと思う」と離党の意向を表明したという。

  馬場氏は「山田氏は埼玉から出ることを決断し、直筆の立候補願いも出していた。政治家以前に人間として信用できる方ではない」と強調。「月光仮面ではないが、疾風のようにあらわれて疾風のように去っていった。違うのは正義の味方ではなかったということだ」と述べた。 

いやあ「勝ち目ないからボク抜けます」を実行したんかw

一応、こういうのって多少は金銭も動くだろうし(時代は違うけども、かつて落語家の立川談志師匠が無所属で参院選全国区(今の比例区の前は全国区という選挙区があったんすね。石原慎太郎・青島幸男・横山ノックなどはそこで当選して国会議員になったもんでした)に立候補→当選→自民党に入党…した時は3千万円の移籍金を現ナマで貰ったという話もありますしね。政治資金規正法の絡みがあるからここまでは行かないにしても…)、わざわざ直筆の立候補願いも出して、それなりに準備もしてたのにね。そりゃいくらなんでもおおさか維新の会も怒るわ。いや、怒っていいわw

しかし中学の部活みたい…。

まあ私も中学の部活だったら3日どころじゃなくて1日で辞めたことはありますけどね。

それは中二の頃、既に文芸部に入ってたんですが、中二のクラス替えと同時に転校していたクラスメートが卓球部に入るってんで、暇だったし文芸部は掛け持ちもOKだったんで、ぢゃ、卓球部ってのも試しに覗いてみるか…と、一緒に参加しに行ったら、小5-6の時のクラスメートで「うーん、こいつらのグループとは合わないな」って連中がいたんですが(特にいじめは受けなかったですけどね。ただ話が全く合わなくて私はクラスの少数派の連中と遊んだり、隣のクラスに親友がいたりしましたので)、こいつらが挙って同じ卓球部に入っていて「あ、俺には合わないな。」と。そしたら見学してたら、何かで不機嫌だった卓球部の顧問(この先生がルパン三世みたいな風貌してたのであだ名が「モンキーパンチ」って呼ばれてましたが(爆))が練習してた体育館に入ってきて「お前らたるんでるから、今から10キロ走ってこい。」と。

で、準備運動もなしに10キロも走らされて「あー、もう俺はいいや」と。結局その転校生だったクラスメートにはそこらへんの事情を話をして、彼は3年の引退まで卓球部の補欠で頑張って、私は文芸部の副部長の専担に戻った、って話がありました。ま、彼もなんやかんやでモノカキが好きだったんで、文芸部に掛け持ちで入ってたんすけどね(笑)。

でもたぶんこれはラケットも持っていなくて、ただ黙って体育館の壁沿いに座って練習を見学してたからできた芸当であって、ラケットを買って、それなりのポロシャツのユニフォームまで買わされてすぐに退部…だったら躊躇したかもしれませんけどね。

逆に「(洒落でスパイとして)居残って」追い出された話も(苦笑)

冒頭に立川談志師匠の話を書いたので、それで思い出した話を。真逆の話なんすけど。

談志師匠の一門がお弟子さんが落語協会の真打昇進試験に落とされて(しかも実力ではなく、理事兼試験管のハズだった談志師匠が欠席してたからその隙に落とされた、という実力関係ねえだろ的な話だったそうで)、いよいよ談志師匠が激怒して、今に続く「落語立川流」を立ち上げる為に直弟子を集めて説明会および決起集会たる飲み会をしてた時に、

「しかしなー、このまま去るのもなんか口惜しいなあ、おい誰かスパイとして残らねえか」

と談志師匠がお弟子さんに言ったそうなんですね。そしたら、談志師匠のお弟子さんの中でも高弟にあたる立川左談次師匠が、「じゃ、こいつがいいですよ」と言ったのが、のちに「2代目快楽亭ブラック」という名前を襲名して真打昇進する当時は英国屋志笑(えいこくや・ししょう)という名前だった二つ目のハーフのお弟子さん。昔、昭和の落語の大名人として有名だった古今亭志ん生師匠が入門から真打昇進、志ん生襲名まで18回も改名した事にひっかけて、のべつまくなしに芸名を替えていて、もうすぐ志ん生に追いつくぐらいの改名数になろうとしておりました。

※ちなみに「快楽亭ブラック」の初代は明治時代に活躍していた本物の外国人(のちに日本人と結婚して帰化)の落語家の方でした。むしろこの名前、実は「美味しんぼ」で出てくる外国出身の落語家の名前でも有名ですが、「美味しんぼ」の方が現在のブラック師匠の襲名よりも早かったそうです(笑)。

で、当時、ソ連のKGBの少佐でありながら日本国内での工作活動がバレてアメリカに亡命した、レフチェンコという軍人が話題になっていたそうでして、それにひっかけて、

「もともとお前はハーフだしこの際、英国屋志笑なんて名前じゃなくて立川に戻しちまえよ。で、スパイなんだから、芸名も立川レフチェンコでさ。」

と、左談次師匠が言ったところバカウケだったんだそうで、はい決定、と(笑)。

ところが談志一門が全員退会届を出したにも関わらず立川レフチェンコさんだけ(正確にはレフチェンコさんの見張り役ってことで当時二つ目の立川談幸師匠も一緒にいたそうですが)退会届を出さず、しかも名前が名前なだけに、落語協会の当時の会長であり、談志師匠の師匠、つまりはレフチェンコさんの大師匠にあたる柳家小さん師匠に呼びだされて、「弟子は師匠についてくもんだ」と除名を宣告されてしまい(爆)。

結果、立川流の落語家の皆さんは今のブラック師匠以外は「自主退会」で落語協会を去ったのに対し、ブラック師匠は「除名」で落語協会を追い出された、という次第だったそうです。ま、その後、借金問題で立川流からも自主退会することになるんですけどね。

しかし「山田太郎」って名前も凄い(大汗)。

英語圏でいえば「ジョン・スミス」ぐらいなベタな名前。「珍遊記」の主人公じゃないんだから、と。

で気になって調べたのが「過去に山田太郎って名前の国会議員っていたんだろうか」と。そしたらいました。公明党所属の衆議院議員の人で、1967年の公明党結党以来6回当選している岡山県出身の議員ってのが。

しかし参議院議員の山田太郎氏、当選1回ながらも比例区で当選して、みんなの党→無所属→日本を元気にする会→おおさか維新の会→無所属って。しかも2010年の選挙で落選したのに、2012年に繰り上げ当選(衆院選に鞍替えする議員が連発した体素数で)して、その間にこんなに政党をガチャガチャと替えて。そもそもどこぞの政党に所属するってタイプじゃなかったんじゃねって感じ。

 

さて次の参院選、地方区で勝てるんかね。たぶん無理なんじゃね?

立川談志の正体―愛憎相克的落語家師弟論

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