元・時天空の間垣親方が亡くなったのか…。

スポンサーリンク

元小結時天空の間垣親方が死去 – 大相撲 : 日刊スポーツ

幕内力士の時に悪性リンパ腫に罹って休場を続けていて、最終的には三段目まで陥落して引退して闘病を続けていたという話は知ってましたが…37歳か。若すぎる。

日本相撲協会は31日、元小結時天空の間垣親方(本名・時天空慶晃=ときてんくう・よしあき)が同日午前1時12分に悪性リンパ腫のため東京都内の病院で死去したと発表した。37歳だった。

 間垣親方は現役だった2016年1月に悪性リンパ腫の治療で入院していることを公表。15年7月ごろから右脇腹に痛みが発生し、同10月から抗がん剤治療に取り組んでいた。土俵への復帰を目指していたが、5場所連続全休の末、36歳だった16年8月に引退を発表し、年寄「間垣」を襲名した。

 引退会見時には抗がん剤治療を終え、腫瘍が小さくなったことも明かしていた。その後は親方の業務をこなしていたが、昨年11月の九州場所から休場し、治療に専念していた。

 部屋の力士には30日夕方に病状の悪化が伝えられていた。遺体は31日午前3時ごろ、東京・墨田区の時津風部屋に戻った。

 通夜は2月6日午後5時、告別式は同7日午前11時半から、いずれも東京・墨田区の回向院念仏堂で営まれる。喪主は父ジグメド・アルタンガダスさん。

かつて東京都知事になった青島幸男氏が都知事になる前にこの悪性リンパ腫に罹って一時期、タレントを休んで快復して「復帰」してたのを覚えてるんですよね(青島氏の場合、その悪性リンパ腫から約15年後に亡くなった時は「骨髄異形成症候群」という白血病に近い病気だったそうですが)。うーん、快復までは至らなかったのか。

スポンサーリンク

交換留学生から角界入りしたという珍しい力士でした。

モンゴル出身、初土俵から3連続V/間垣親方略歴 – 大相撲 : 日刊スポーツ

こちらの方には経歴が載っておりました。

大相撲の元小結時天空の間垣親方が死去したことが31日、分かった。故人の略歴は以下のとおり。

 ◆時天空慶晃(ときてんくう・よしあき)本名同じ。1979年9月10日、モンゴル・トゥブ県生まれ。00年3月にモンゴル農大を休学し、東農大へ留学。02年名古屋場所の初土俵から序ノ口、序二段、三段目と昭和以降3人目の3場所連続V。22連勝は史上4位タイ。04年春に所要10場所で新十両。同名古屋で新入幕。07年春に新小結。14年1月に日本国籍を取得した。15年秋に悪性リンパ腫が判明し、16年8月に引退後、年寄「間垣」を襲名していた。得意は右四つ、柔道経験を生かした足技。185センチ。

確かモンゴルの大学に通っている時に、スポーツの交換留学生で東京農業大に転入して、その年に学生選手権で優勝したのをきっかけに、東京農大のOBが多い時津風部屋に入門しつつも、ちゃんと大学は夜学コースを通い続けて卒業した、という苦労人だったんですよね。「珍しい経歴の人だなあ」と思ったのをよく覚えてます。それと、日本に帰化して、モンゴル人力士としては初めて年寄名跡を取得して親方になった、というのも。ある意味で旭鷲山や旭天鵬と同じぐらい、モンゴル人力士と日本相撲界の橋渡し役になった人でもあったんすけどね。

個人的にはなぜかよく覚えてるのが、横綱になって既に大横綱の域まで達していた白鵬を相手にやや挑発気味に立つと見せかけたりとか、時間前に立っちゃって…みたいな事をやったけど、結局歯が立たなかったみたいな「おもしろい」相撲をやる力士だなあ、って思ったことですかね。

いずれにしてもまだ37歳か…早すぎるなあ。ご冥福をお祈りいたします。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で
スポンサーリンク