読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

鳥越俊太郎「子供の頃には空襲体験を」→お前のいた町はむしろ疎開先だったぢゃねえか!!、と(;゚д゚)

ツッコミ

スポンサーリンク

痛いニュース(ノ∀`) : 空襲体験をしたと語る鳥越俊太郎 出身地は空襲にあっておらずむしろ疎開地だった 証言続々 - ライブドアブログ

昨日の話の続き?になる…んですかね、これ?(失笑)

www.muroktu.com

なんだ、この人も子供の頃に終戦で「軍国主義」から一気に「民主主義を謳歌」に転じたがゆえに「嘘も言いまくってればそれが(自分の頭の中では)真実になる」のご都合主義の世代のジャーナリストだったんだな…薄々わかってたけど(失笑)

都知事選に出馬している鳥越俊太郎氏が先日の出馬表明会見で「私は昭和15年の生まれです。終戦の時20歳でした。もちろん空襲も覚えてます。防空壕に逃げ込んだこともよく記憶しております」と語り話題になった。

しかし実際は終戦は昭和15年ではなく、20年だったことや鳥越俊太郎氏は当時5歳だったことが判明。鳥越俊太郎氏の言うとおり当時20歳であれば現在90歳を超えていることになる。

5歳と6歳と間違うならわかるが、5歳と20歳では大きく異なりTwitterでは「認知ではないか」「年齢詐称してる可能性があるなw」と投稿されている。

そんな鳥越俊太郎氏の空襲に関する更なる疑惑が浮上した。鳥越俊太郎氏は福岡県吉井町(現うきは市)の出身。ここで5歳のときに空襲を受けたとしたら大きな誤りがある。実はこの福岡県吉井町は空襲にあっておらず、むしろ疎開地だったのだ。

現地の人は「浮羽郡まで空襲遭ったなんて聞いた事無い」「吉井は酒蔵と田んぼしかないようなところだしね」と語ってる。また、うきは市は「筑後吉井伝統的建造物群保存地区」となっているようだ。その文章を引用すると次の様に書かれている。

“うきは市吉井町のほぼ中央部にある筑後吉井保存地区は、豊後街道の街路沿いに漆喰塗の重厚な町屋が連続する町並みと災除川と南新川沿いに広がる屋敷群からなっている。明治2年(1869)の大火を契機として、吉井では草葺きの町屋にかわって瓦葺塗屋造が普及し、経済の最盛期であった大正期にほぼ現在みる町並みが形成された。保存地区では、これら約250件の伝統的建造物と屋敷庭園及び川沿いの樹木について、保存の処置が取られている”

つまり空襲にあっていたら戦前からの街並みが無くなっていた、もしくは一部が焼けていたことになる。

しかし、一部では吉井町の北西15キロ離れた大刀洗飛行場に空襲があったという情報もある。吉井町そのものは空襲にあっていなかったが近辺で空襲があったのは事実のようだ。

まあすべては

口からデマカセ

で、ここまで乗り切ってきた人なんでしょうね。 75歳にもなれば記憶違いも出てくるのは仕方ないとはいえ、これらは結局「若い頃からいかに口からデマカセで丁々発止やってきたか」の証左と思えば別に驚きもしねえしな。しいて言えば機銃掃射にヤラレかけたってのはあるかもしれないけども。もしそれだったら過去に幾らでも文献でも後援会でも発言してるでしょうしね。

で、これを知ったきっかけは15年来の知人がTwitterで

と書いていて、「うわ、ツッコミどころが凄いわ、ゲラゲラゲラ」と爆笑したのが最初だったんすけどね…いかにこの鳥越俊太郎っていうジャーナリスト、若い頃はいかに「俺が俺が」の性格で、仕事の為に義理を欠いたり人を裏切ってここまで「のし上がってきた」んだろうなあって思うわ。

そしてブーメランも…。

ふとこんな記事が読んだんですね。

政治家の女性スキャンダル - 山口一臣 読み比べ週刊誌 - Asahi Shimbun Digital[and]

朝日新聞ならびに週刊朝日の記者をされていた方らしいんですがこの方。

その中に、こんな一文が。

ところで、いまの若い人たちには信じられないと思うが、かつてはこうした政治家の女性スキャンダルは記事にできないといわれた時代があった。

 私自身も若いころ、業界の大先輩のベテラン政治記者から「政治家とは天下国家を論じるもので、へその下のことは書くものではない」と教わった。女性関係の話は記事にするのではなく、政治家から相談されるくらいの信頼関係を築けという意味だった。

 この業界の不文律というか、あえて言うと「掟」を破ったのが1989年、当時、鳥越俊太郎さんが編集長をしていたサンデー毎日だ。 当時首相だった宇野宗佑氏(故人)の愛人だった神楽坂芸者の告発記事を掲載したのだ。当初、日本のマスコミは「掟」に従い黙殺したが、米ワシントンポストがキャリーしたため国内でも話題となり、宇野内閣は直後の参院選で惨敗し、首相も史上最短の在任期間で退陣となる。

 このスキャンダルの5カ月後にベルリンの壁が崩壊した。ふたつの出来事には何の関連もないが、新たな時代の幕開けを予感させるものだった。大げさに聞こえるかもしれないが、当時、鳥越さんは血の小便が出るほどプレッシャーとストレスを感じたという。それほどのことだったのだ。

ここらへんのことを指して、Twitterではこんな事を書かれた方がいたんすけどね。

うーん、

まさに「因果応報」(爆)。

ま、そもそも一ジャーナリストにすぎない鳥越俊太郎が何をトチ狂って政治家に立候補しようとした時点で「お前、モーロクしたなー」って感じなんだけどね。

いつからか「ウ×コの周りを飛ぶハエ」のマスコミの一角を占めてたジャーナリストが、老いて客観性を失い、自身の万能性を過信していよいよ「ハエがウ×コそのもの」になろうとしている滑稽さは否めないな…。いやあ因果は巡るとはまさにこのこと。

でさ、誰がこいつを担ごうって決めたの?野党連合、とことん有権者ナメてんな(苦笑)

↑モーロクも老いに含まれるんですか?(意味不明) ▼クリック頂けると励みになります!
にほんブログ村 サッカーブログ ヴァンフォーレ甲府へにほんブログ村 サッカーブログ Jリーグ(J1)へにほんブログ村 野球ブログ 千葉ロッテマリーンズへ