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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

「山本イズム」でおなじみの、元・千葉ロッテ監督の山本功児氏が亡くなられたそうで…。

千葉ロッテ スポーツ 雑談

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http://www.flickr.com/photos/54876474@N00/9170251983

photo by wyzik

元巨人・山本功児氏、肝臓がんのため64歳で死去 : スポーツ報知

昨年、息子さんが甲子園に出て、九州の高校に通学してた息子さんの為に九州に移住したという話を聞いてたばかりだったんすけども…まさかそんなにお身体が悪かったとは…。

巨人、ロッテで活躍し、現役引退後はロッテ監督や巨人のヘッドコーチなどを務めた山本功児氏が23日午後1時41分、北九州市内の自宅で肝臓がんのため死去した。64歳だった。

 山本氏は本田技研鈴鹿から1976年に巨人入りし代打の切り札として活躍。84年に三宅宗源とのトレードでロッテに移籍し、88年引退。引退後は、ロッテのコーチ、2軍監督を経て、99~2003年にロッテ監督。04年は巨人の2軍ヘッド兼打撃コーチ、05年は1軍ヘッド兼打撃コーチを務めた。

 長男の武白志内野手(18)は、DeNAの育成選手としてプレーしている。

現役生活も、監督orコーチとしても巨人とロッテだけだったんだな…。

ロッテでは2005年の日本一の礎を作って下さった方で…。

1998年の18連敗の翌年の1999年から、ボビー・バレンタイン氏が監督に復帰する前年の2003年までロッテの監督をつとめてたんですが、その前には1軍と2軍の打撃コーチ、更に2軍監督をつとめて、それから1軍の監督に「昇格」したという人だったんですね。つまりは今はもう大ベテランになった福浦和也やサブローを鍛え上げたのはこの人だったわけで、特に高卒新人で入団した際にはピッチャーだった福浦を半ば無理やりバッターにコンバートさせたのは先見の明があったというべき…なんでしょうね。2005年のボビー・バレンタイン監督2年目のシーズンに31年ぶりのリーグ優勝・日本一を経験するんですが、少なからずその時の主力メンバーを鍛え上げてくれたのがこの当時の山本前監督でしたね。

もっとも監督在任中は、戦力的な関係もあってロッテの年間成績としてはあまりぱっとしなかったんですが、物凄く指導熱心で、ファンにも愛されていた監督のひとりで、確か18連敗した翌年の1999年に、七夕の日に一瞬だけ首位浮上したことがありまして、その前後に「山本イズム」という垂れ幕が掲げられたのが今でも忘れられないっすわ…。私の山本元監督のイメージとしてはこの「山本イズム」という言葉が真っ先に出てくるぐらいで。

で、ロッテの監督を退任した後に、巨人の堀内監督の時代に1軍と2軍のヘッドコーチもつとめたので、近年の指導者としては珍しく、1-2軍のコーチ、ヘッドコーチ、監督を経験するという珍しいキャリアの持ち主だったそうです。

それと個人的に忘れられないのは…。

個人的には小学生の頃は大の巨人ファンで、そのきっかけのひとつとなった、当時愛読してたコロコロコミックで連載されていた「リトル巨人くん」では、代打の切り札として非常に重宝されていた選手としてちょい役で登場したことがありました。近鉄からトレードでやってきた石渡茂選手という守備固めの名手のようなベテラン選手と共に出てましたねー(ちなみに石渡氏は現在、ソフトバンクの3軍監督をされているそうです)。

で、最終回の何回か前に(阪神が日本一になった年のシーズンオフでしたか)、話の中で若手とベテランのガチ対決が行われて、なぜか話が「負けた方がトレードに出される」みたいな話に。そん時に山本選手と対戦したのがのちの20勝投手になる斉藤雅樹投手(あとひとり、石渡選手に貫録負けした若手投手がいたんですが誰だったか覚えてないっす。確か桑田投手の入団と巨人くんの卒業が同時だったんで、おそらく槙原投手だったか水野投手だったかなあ。たぶんそのあたりの投手だったような)で、漫画の中では貫録勝ちするんですが、まあそのイメージがあったんで、斎藤投手が2年連続20勝投手になった時には「いやあ巨人のエースになったんだなあ」としみじみしてしまったのをよく覚えてますね。漫画の中の話なのに物凄くインパクトがありましたなー。

あと、「珍プレー好プレー」番組が定着するのきっかけとなった、中日・宇野選手のヘディング事件はこの山本選手の打球がきっかけだったという話が。マウンドの星野投手がグローブ叩きつけて悔しがったエピソードと、それでも星野投手が完投勝ちしたという話はなぜかよく覚えてるのは…当時、巨人ファンから「長嶋監督の解任は納得いかん」と、中日ファンに鞍替えしたばかりのうちの親父がいたからでしょうかね。テレビ見つつ「宇野、やりやがった」と唖然としてたのだけはなんとなく覚えてますわ…。

しかし64歳か…まだ逝くには早いよなあ…。

それにしても享年64…。まだ若いよなあ。息子さんがDeNAの育成選手でプロデビューして間もないぐらいで(個人的にはロッテが下位指名ででも取りに行くんではないかと思ってたんすけどね)、これからの成長も楽しみにしてただろうに…。

本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします。

千葉ロッテマリーンズ25年目の挑戦 (B.B.MOOK)

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