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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

中止になったNHKの「受信料長州力」…と、"プロレス中継史"を思うにつき、改めて「この仕掛け」の凄さを考えた(爆)

ツッコミ 雑談 スポーツ

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NHK「受信料長州力」のサイト開設中止「意図伝えるの難しい」 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

ま、最後は長州力「キレないっすよ」聴取者「キレますた」ということに(意味不明)

www.muroktu.com

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NHKは4日、プロレスラーの長州力(64)が受信料制度の案内役を務めるサイトの開設を中止すると発表した。NHK広報局のツイッターがこの日発表した。

 ツイッターでは「長州力さんが案内役となって、若い方々に受信料制度への理解を深めて頂くためにサイトの開設を予定していました。しかし、視聴者の皆さまから様々なご意見を頂き、私どもの意図を正しくお伝えすることが難しいと考え、開設を中止しました。ご理解を頂けますよう、お願い申し上げます」とし、NHKの公式サイトでも同趣旨の「お知らせ」が掲載された。

 NHKは公式サイトに「受信料長州力」というコーナーを設け、長州の写真を使用し「2016.03.14 長州力がパワーホール全開でNHKのド真ん中に立つぞ!」などと記載していた。

 広報局のツイッターには長州の口調をまねる形で「NHKの受信契約はお済みですか?なに?まだだって?お前の新生活、いいスタート、キレてないですよ!?はやく“受信料長州力”で、アレしなきゃダメだ!コラ」と書かれていたが、後になって削除されている。

 ネット上では「受信料を強制徴収するのか」「キレている」などの声が上がっていた。

でも個人的に思うのは「へえー、NHKがこんな感じでプロレスラーを起用する時代になったんだなあ」って事でしたねー。ちょいと現代史的な話になって恐縮なんすけど。

実はNHKがプロレスを「忌避」してた頃もありまして。

しかしまあかつては、例えば力道山の頃は、個人的に付き合いもあったというヤクザの組長とか国粋系のドンとか右翼のボスとかが興行主、勧進元になったりして全国あちこちで興業が繰り広げられてたので、「あれはスポーツとは呼べないよ」「スポーツと呼ぶには(興行主・勧進帳になってる周辺の人物が)いかがわしい」と、街頭テレビのプロレス中継で名を上げた日本テレビに対して、真っ先に身を引いたNHK…っていう現代史の側面がありました。

当時の記録でも、当時の人気レスラーだった「力道山・木村政彦組対シャープ兄弟」というある意味でのゴールデンカードを、NHKは日本テレビと同時放送で一度だけ放送したっきり、だったそうです(ちなみに東京に遅れて本放送を始めることになったNHK大阪放送局の試験放送中に何度か放送されたことはあったそうですが、本放送開始以後はごくわずかとか)。

それを思うと、それから60年近くたって、プロレスってのが日常に浸透または普遍的なモノになったんだなあ、という感慨は覚えたのは事実ですね。まあそれ以上に爆笑させてもらったんすけどね(苦笑)。

一方、日テレがプロレス中継を始めたきっかけは…。

ついでに書くと(注:「ついで」と書いた割には長くなります。すんません(泣))、NHKと日本テレビは昭和20年代後半に、「日本初のテレビ局開設」の際に免許を郵政省から取得したり、機材を集めて開局したりする順番で競い合った関係でした。最終的には郵政省等の各方面に圧力をかけて免許を取ったのが早かったのは日テレ、でも当時は麹町の本社屋もスタジオもそして機材も何もなかった日テレに対して既に免許街で事前に世田谷・砧の総合研究所などで研究・準備をしてたNHKの方が数か月、テレビ局の開設と放送開始は早かった…という関係だったそうですね。

で、テレビでプロレス中継をする時も、当時の日本テレビの会長であり「ドン」でもあった、正力松太郎(このブログでも何度か出てきますが、戦前期に読売新聞社を大きくした立役者でした)、学生時代からの大の柔道好きであり柔道九段の柔道家だったんですが、資料としてアメリカからプロレスのビデオ・映像を取り寄せて見た時には、豪放磊落な正力をしても「さすがにこれはちょっと…」と思ったらしいですね。少なくても最初は反対はせずとも、積極的にプロレスを推していたというわけではなかったそうです。

ちなみに、正力がかろうじてOKを出したのは、日本テレビの部下に柔道(正力の東大時代の柔道部の後輩だそうです)と海外のプロレスに精通していたスタッフがいて、その人に「これは日本人好みに合ってます。テレビで行けます」と、猛烈に説得されて、「君が言うんだったらとりあえず始めてみよう」と、しぶしぶゴーサインを出したことと、当時のプロレスの選手の「出自」が関係していたそうです。

それは、戦前期に海外で活躍した日系プロレスラーを別にすると(そういう人もいたんですね。明治期のソラキチ・マツダとか)、例えば先ほど名前が出ました力道山(二所ノ関部屋所属の元関脇)や、東富士(高砂部屋所属の元横綱)・豊登(立浪部屋所属の元幕内)などを中心とした元相撲取りから転身した組と(明治期のソラキチ・マツダも元は伊勢ケ浜部屋の序二段どまりの相撲取りだったそうです)、終戦間もないころGHQが柔道を禁止していたために「プロ柔道」を立ち上げて後にプロレスに流れてきた(やはり先ほど名前が出ました)木村政彦などの柔道家から転身してきた組がいたから、らしいんですね。

この柔道転身組の存在が大きかったそうです。特に木村政彦は戦前期史上最強の柔道家(日本選手権を含めて15年間無敗で引退したそうです)として名を馳せていたという伝説の柔道家の一人だった程でしたので。ゆえに当時は、力道山と木村政彦の相撲・柔道の転身組の筆頭格がタッグを組んで、シャープ兄弟などとプロレスを戦い、それをテレビ中継で見て視聴者は盛り上がった、という構図でした。

なお、最終的にはプロレスではよくありがちな「俺が一番強い」「いや俺だ」の、内部抗争が勃発して、力道山が人気を博して柔道から流れてきたプロレスラーは実力面はともかく、人気・興行面でかなり劣ってしまうんですが…(この当時、タッグを組んでた両名が決裂し、力道山対木村政彦の「昭和の巌流島」と呼ばれる一戦が行われたことと、その際の「伝説の柔道王」の木村の謎のKO負け、という逸話もありました)。

テレビ放送が始まった昭和20年代後半からジャイアント馬場・アントニオ猪木が力道山の弟子としてプロレス界に入り、力道山が刺殺されて若くして没するまでの昭和30年代後半までの黎明期はこんな感じだったそうです。

※ちなみに力道山も東富士も豊登も、廃業ないし引退後親方を廃業(東富士)してプロレスに転身したのは「相撲部屋の親方と大喧嘩したから」「カネをめぐって部屋(もしくは一門・相撲協会)と揉めた」「一門の派閥争いに負けたから」という人間的なトラブルから起因しているというのが興味深いところです。後年の天龍源一郎・力皇猛・輪島大士・北尾(双羽黒)光司なども同じような形で転身しており、力士、特に関取経験者の力士からプロレスラーに転身してる選手は、これがすべてではないにしろ、結構枚挙に暇がないようです。

ところが街頭テレビでのプロレス中継が大当たりに。

それを日テレの部下の人が何とか正力を説得し、正力からすると半ば渋々、プロレス中継を始めたら、プロレス中継の初日(当時の蔵前国技館だったそうです)は、席がガラガラで「これ本当に大丈夫かよ」と思ってたら、その日にテレビ中継を見てたお客さんが翌日の試合にどっと押し寄せて、実況席とカメラの場所をキープしてないと倒れそうなぐらいの物凄いお客さんの数で、文字通り「満員札止め」になったほどで、ここから戦後のプロレス人気が始まるきっかけとなり、更にこれが長らく日テレで全日本→ノアのプロレス中継のきっかけになったそうです(現在はCSのG+で放送されています)。

ただし、それでも立ち上げたプロスポーツ(プロ野球など)や新事業(日本テレビ、よみうりランド、そして日本武道館も正力が「東京五輪の柔道会場としての大殿堂を作る」ということで各方面に募金・署名を集めて完成させて初代会長をつとめてました)には必ず役職・肩書を求めてた正力でもプロレスには一切関与してなかったそうで、そこは柔道家の矜持を守ったから…というのが、正力松太郎の伝記を書いた「巨怪伝」(佐野眞一著)にて紹介されておりました。

ゆえに「受信料長州力」の凄さがわかるというわけで(苦笑)

…てな話、つまりは日本のプロレス中継の黎明期を以前本で読んだことがあったんで、「NHK、やるなあ」と思ってたら中止ですか。(;´・ω・)

まあ仕方ないよね、これは「ふざけんな、カネ出せるかアホウ」の方が多いでしょうよ。NHK会長が風貌・ワンマンな言動に比べると随分としゃれのわかる人なんだな、というのにはびっくりだけどね。

余談:「3年B組金八先生」が、なぜ「金八」と命名されたのか。

その後、昭和50年代ぐらいまでは、毎週のようにプロレス中継がゴールデンタイムに放送されていた時代もあったわけです。

かのTBS系列のドラマ「三年B組金八先生」も、第1-2シリーズは、名前の通り金曜日夜8時からの放送でした(のちに月曜9時、木曜9時などに放送時間が移転してしまうんですけどね)。

で、なぜ番組編成的に「金八」と名付けられかといえば、実はプロレス番組が関係しておりましてた。

昭和50年代中頃、このドラマが放送された金曜日の夜八時というこの時間帯は、当時は日テレでは「太陽にほえろ」、テレ朝では「ワールドプロレスリング(新日本プロレスの中継番組)」が大人気で、TBSにとってはどうしても視聴率が取れない魔の時間帯だったそうですね。

ゆえに「金八をどうにかしろ!」というテコ入れと賭けで、このドラマが始まったんですが、最終的には第1シリーズの最終回では39.9%という、割って入るには余りうるほどの大人気を博した…のと同時に、プロレス中継番組の凋落が始まっていったんだそうです(ついでに書くとドラマの中では金八先生は「8人兄弟のの末っ子」という設定で親に命名されたという話が出てきます)。

 

ま、今では余程の特番でもない限り、地上波のゴールデンタイムのプロレス番組は殆どお目にかかれないんですけども、そういう時代もあった、という次第で。うーん、思わずヘンテコな現代史を語ってしまった。長文スンマセンした(泣)

真説・長州力 1951‐2015

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巨怪伝〈下〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)

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