「鉄腕DASH」で印旛沼のカメが捕獲・調理されててびっくり。

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いつものように晩飯食いながら日曜夜恒例の「鉄腕DASH」を見てたら、「印旛沼のカミツキガメという外来種をとっ捕まえて、これを料理にして食っちまえ」的な企画が行われていてびっくりしました。

いや、実は私、子供の頃は成田に住んでてしょっちゅうサイクリング兼ねて印旛沼に遊びに行ってたもんで(笑)

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昭和59-62年ぐらいの話でしたが…。

私の実家は子供の頃は千葉県成田市の成田ニュータウンの公務員団地にありまして、親父が公務員の割には転勤があまりない、もしくは引っ越しを要さない近場の転勤ばかりで、結局成田空港の開校した昭和53年から、私が大学進学で家を出た後の平成10年までずーっとおんなじ狭い3DKの団地に住んでました。

で、ニュータウンからちょっと走ると印旛沼とか、利根川とかがあって結構、恰好なサイクリングコースであり非日常空間だったんですね。都心だったら電車とかに乗って渋谷や新宿、秋葉原…とかになったんでしょうが、そこまでは都心には近くなかったので、友達とママチャリで小一時間、印旛沼まで行って遊んでました。

グーグルの地図から引っ張ってきましたが(お借りしました/多謝)、矢印のあたりが当時住んでた団地の位置で、ここから友達と待ち合わせて、途中、印旛沼の近くにしもた屋みたいな雑貨屋さんがあってそこでカップラーメンとか買って食べたり(実はこの当時、ニュータウンには条例か規制があったらしくコンビニが一軒もありませんでした。さすがに今はもう何軒もありますけど)。で、自転車で休憩しながらも約1時間半ぐらい。ニュータウンと印旛沼に行く途中は結構高低差があって行きは下り坂でいいんだけど、帰りは結構な(子供にしては)激坂の上り坂で…いやあ、なぜか一緒についてきてた小学校低学年の弟なんかはよく泣いてました(苦笑)。

※あ、一度だけ寝坊か何かで出遅れて、遥か遠くにいる「本隊」が見えたんでショートカットを狙ってあぜ道を自転車で走ってたら水路に自転車ごと落ちて痛い目にあったことがありましたわ。まあ幸い、コブができた程度で助かったんですけど。

で、印旛沼に行って何をしてたか→ザリガニ釣りとかを。

まあ自転車でサイクリングするだけでもそこそこの非日常で楽しかったんですが、あちらに行ったら行ったでそこそこな「楽しみ」もあったりしました。それは「ザリガニ釣り」。昔もそうでしたが印旛沼は日本有数の「水質がアレ」な湖沼で知られてまして、ザリガニなんか逆に棲みつくには都合が良かったみたいです。

今でもよく覚えてるのは、成田側の印旛沼の国道をちょっと脇道に外れてしばらく草むらの中を自転車で進むと、古い釣り船が何隻も半ば放置されてまして、そこが結構なザリガニ釣りの名所でもありました。「名所」とか言ってたのは一緒によく行った同級生で、その同級生も自分の兄貴から、そのお兄さんも別の友だちやその兄貴、先輩から…と、先輩から後輩に代々(?)話継がれてきた場所だったようです。さすがに釣り竿とかエサとか買うお金はありませんしね。糸とミミズみたいなエサだけでザリガニ釣りもできるし、運がいいと、船底に何匹かエビみたいなのがいて、それをエサにしてザリガニ釣りとかをしてました。

で、それを皆で分担して持ち帰ることになったんですが…ある時、あまりに「爆釣」すぎて70匹ぐらいになってしまい「うーん、これどうしよう?」ってなったことがありました。

近所の池にリリースしたらわずか3日で「全滅」してたそうで…。

それぞれの家の親からは「そんなもん捨ててきなさい!!」と言われてしまいまして(まあそりゃそうですね(苦笑))、困ってしまった我々一派。で、どうしよう…と思ったら、兄貴にその「名所」を教えてもらった同級生が、「バタ池に流しちまおう」と言い始めたんですね。

「バタ池」とは市内にある池で、今しがた調べたら正式名称は「羽田池」という池だったらしいんですが、当時、日赤病院の排水が流れていた池で地元では「日赤の血清が垂れ流しにされててそれが魚にとってはおいしいエサになっていていい魚が釣れるらしい」という噂があった「隠れた釣りの名所」でした。

一方で、地元の小学校的には、学区外ですし、かつてどこぞのガキが「調子に乗って釣りに行った奴が溺れて死にかけた」ことがあったんだそーで、「あそこには行ってはいけません」的な場所でもありました。なんで「バタ池」って呼ばれてたのかはさだかではないんですが、学校に貼ってあった「行っちゃいけませんリスト」の地図にもはっきりと「バタ池」と。前名なのか通称なのかいまいちはっきりはしないんですけども。

※ちなみに↑の地図では右下の「エスエス製薬成田工場」の下の方、京成電車の路線にひっつくように青い水たまりみたいなエリアが見えると思いますが、ええ、ここです(爆)。ただ、我々が小学校の頃は「汚え池」だったんですが、私が京成電車で通勤で使ってた頃(今から15年前)ぐらいに土地改良工事が行われて随分とすっきりした池になってました。

「まあバタ池だったら魚もいるし、ザリガニがいても別に不思議じゃねえだろう」と、私も別の友人もそう思い、そのまま夕方のバタ池へ…。で、暗闇迫る秋の夕暮れに70匹近いザリガニを放流(?)して逃げるように帰ったわけです。

ところが、我々も何日か気になって放課後、自転車でバタ池を見に行くと数日でザリガニが全く見られなくなり、更にここにしょっちゅう釣りに来てた小学校時代の友人が「何日か毎日のように見に行ったんだけど、最初の2日間ぐらいはザリガニが確かに居たのに、3日ぐらいしたら一匹も見かけなくなった」って言うんですね。さりとて大量の死骸を見たわけでもないし…で、あの当時は「ザリガニを主食にしてる魚が一気に食べつくしちゃったんじゃないの?」なんて言ってました。でもネットでザリガニを食うような魚を調べたらこんな小さい池で棲みつくような魚じゃないんすけども(^_^;)。

ブラックバス等の外来種で問題にはなってましたね、その当時から。

で、我々が中学生の頃、ちょうど昭和から平成に元号が替わるなんですが、やはり印旛沼でもブラックバスが勝手に放流されちゃって、もともといた魚が喰われてしまい、釣り人も「ブラックバスを釣っても喰えねえからつまんねー」とか言ってたような記憶もありますね。まさかカメとかも…。

んで、晩飯を食べ終えて二階のテレビで続きを見てたんですけど、

…喰おうと思えば喰えるんだな、こういうのって(汗)

ついでに書くと、クックパッドでは「ブラックバス料理」ってのもちゃんとレシピが有りまして「いやー、ブラックバスも喰えるんだ。知らなかった…」と、驚く始末。思えばあれから30年。子供時代の思い込みや周りの人たちの言葉「だけ」が情報源でしたから、「いやあ知らなかったなあ」的な事が実に多い多い。いやはや、懐かしさと共に勉強になりましたわ。

…ところで印旛沼の水質ってどうなったんだろう。成田ニュータウンに住んでた頃、昭和50-60年代は消毒のカルキのにおいがかなりきつくてはっきりいって「水がまずい」感じだったんですけどね。ここらへんも30年経過して多少は技術革新とかで水もおいしくなったんだろうか。今、住んでる(妻の故郷でもある)東京の福生という街は玉川上水の上流の方で清酒とかを作る酒屋も多くて、成田に比べれば格段に「水が美味しい」のが助かってますわ。でも多摩川も多少は外来種問題もあるんでしょうね。もう少し上流の方に行くとアユ釣りとかもしてるそうですけど。

以上です。

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