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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

FIFAのインファンティノ新会長当選の報を聞いて、大相撲の春日野理事長とローマ教皇のヨハネ・パウロ2世を思い出した。

雑談

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http://www.flickr.com/photos/27808662@N08/4706394277

photo by Kleinz1

45歳弁護士インファンティノ氏をFIFA会長選出(日刊スポーツ)

すげー、うちの嫁さんと誕生日4日しか違わねえ人が次のFIFAの会長になるんか(大汗)

国際サッカー連盟(FIFA)は26日、スイスのチューリヒで開いた臨時総会でゼップ・ブラッター氏(79)の後任を決める会長選挙を行い、欧州サッカー連盟(UEFA)事務局長のジャンニ・インファンティノ氏(45=スイス)を第9代会長に選出した。同氏は昨年発覚した汚職事件で失墜し、危機に立つFIFAの再建を担う。
  投票には資格停止中のインドネシアとクウェートを除く207協会が参加。1回目でインファンティノ氏は88票を獲得して4人の候補者で最多だったが、当選に必要な3分の2(138票)には届かなかった。過半数で当選となる2回目は115票に伸ばした。同氏は当選後のあいさつで「FIFAのイメージと信頼を取り戻す。全209協会と手を携えて仕事をしたい」と抱負を語った。
  1998年から会長を務めたブラッター氏は昨年5月に5選を果たしたが、幹部や関係者が多数起訴された一連の汚職事件の責任を問う声が高まり、同6月に辞任を表明。その後活動停止処分を受けた。
  大口スポンサーが離れるなど事件の影響が深刻化する中、FIFAは26日の総会で幹部の任期制限導入や理事会の改編などの規約も改定。大幅に若返った新リーダーは、組織改革の推進が課題となる。任期は2019年5月まで。
  有力視されていたアジア・サッカー連盟(AFC)会長のシェイク・サルマン氏(50)は、1回目は85票で、2回目は88票にとどまった。元FIFA副会長のアリ・フセイン王子(40)と、元FIFA副事務局長のジェローム・シャンパーニュ氏(57)も敗れた。実業家のトーキョー・セシュワレイ氏(62)は投票前に辞退した。

 ◆ジャンニ・インファンティノ氏 

大学で法律を専攻してスイスの国際スポーツ研究機関、CIESの事務局長を務めた。00年にUEFAに入ると法務やクラブライセンスに関する部門での実務を重ね、09年から事務局長。一時はFIFA次期会長の最有力候補だったUEFAのプラティニ会長に活動停止処分が科されたため、急きょ今回の選挙に出馬した。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語が堪能な弁護士。スイス出身。70年3月23日生まれの45歳。

ブラッター氏が79歳で、今度の会長が45歳。年齢差でいうと、野球で例えれば長嶋茂雄氏が今年80歳になったばかりで、ヤクルトの間中満監督が1976年1月生まれで今年45歳になったばかり…ぐらいの年齢差。思いっきり世代交代してるじゃないすか(苦笑)。

ま、有力候補だったアリ・フセイン氏なんかは40歳で俺よりも年下なんすけど(号泣)。

てか、「え、インファンティノ氏…? あんた、誰?」と(爆)

「穴埋めから最高権力者へ」欧米メディア驚き(日刊スポーツ)

いや、私も正直、「え、インファンティノ氏…? あんた、誰?」って感じだったんすけど(爆)

国際サッカー連盟(FIFA)会長選でのインファンティノ氏の勝利を、欧米メディアは驚きも込めて報じた。
  ロイター通信は「穴埋めからサッカー界の最高権力者へ」との見出しで、活動停止処分で撤退した欧州サッカー連盟(UEFA)のプラティニ会長の代役だったインファンティノ氏の躍進を伝えた。
  米紙ニューヨーク・タイムズは「ジャンニ・インファンティノがFIFAを新時代に導く」と報じ、改革への期待感をにじませた。米国サッカー協会のグラティ会長が2回目の投票前に、1回目にアリ王子が得た票の大部分をインファンティノ氏に移そうと動き、当選に導いた舞台裏も描いた。
  英インディペンデント紙は「驚きの勝利だが偶然ではない。これですべてが変わったと信じられる」とし、高まる改革への機運を勝因に挙げた。

ただ、「無名」が「意外に長期政権」って例もなくはないんすけどね。

前任(今、漢字変換で「善人」って出てお茶吹きそうになりましたがw)のブラッター氏とかの不祥事やゴタゴタがきっかけだったわけでしてね。

ただ、いくつかの他の世界・業界を思い出してみると、「傍流ないし大穴候補が、予想外の当選を果たし、その人が意外に長期政権でいろんな「大きな仕事」をやってのけた」という例も少なくないんですよね。

例えば…、

大相撲→春日野理事長(元横綱・栃錦)の場合

戦後間もなくの頃、ライバルの初代若乃花と共に「栃若時代」を築き上げた元横綱・栃錦は、引退する数年前に師匠である春日野親方(この人は大正時代の大横綱だった栃木山という小柄ながらも勝率9割以上という最強力士の一人で、「3場所連続優勝した後に「強いままで退きたい」と引退して世間を驚かせた」凄い力士だったんです)が、亡くなり、当時は認められていた「二枚鑑札(にまい・かんさつ)」という、親方をやりながら現役も続ける、という激務の末に横綱を引退し、春日野親方として専念することになりました。

で、審判部長や巡業部長などを経て、1974年から日本相撲協会の理事長に就任しました。が、当時は、この6年前に長期政権を築いていた元・双葉山(69連勝という今も破られてない大記録を持っている戦前屈指の名横綱でした)の時津風理事長が亡くなり、前任の武蔵川理事長(元前頭・出羽ノ花)から引き継いだ時点では、武蔵川理事長の娘婿の出羽海親方(元横綱・佐田の山)がまだ30代と若く、春日野はこの出羽海に次ぐためのショートリリーフだと思われてたそうです。

それは今もそうなんですが、出羽海親方が出羽海一門の本流であり、春日野部屋は栃木山の先代・春日野親方が出羽海部屋から分家独立を果たした「傍系」だったから、というのもありました。

が、なんと春日野理事長の就任期間はなんと7期14年間。その間に当時は蔵前に国技館があったんですが、現在使用されている両国国技館を作り(しかも150億円という建築費を無借金で(!!))、それを移転させたり、いろいろな改革を果たすなどをしたんですが、有能な若手の親方をどんどん役員待遇という枠を設けて協会の要職に起用してそれを推進していったんだそうです。

結果、没後数年後に、その改革と新・両国国技館の移転が功を奏して、いわゆる「若貴ブーム」を巻き起こして相撲人気の復興を果たすことになった、という次第でした。ついでに書くと、この次の理事長は栃錦の「ライバルであり相棒」だった元・若乃花の二子山親方がそれから約2期4年間担当し、「後釜」だったハズの出羽海親方は理事長になるまで9期18年間待たされたんだそうです(^^;)

「ローマ教皇」→ヨハネ・パウロ2世の場合

本名をカロル・ユゼフ・ヴォイティワというポーランド人のクラクフという街の大司教・神学者であり、のちにローマ教皇・パウロ6世の推薦で枢機卿だった人物だったんですが、1978年にそのパウロ6世が亡くなった後に就任したヨハネ・パウロ1世がわずか33日で亡くなってしまい、新教皇選挙、いわゆる「コンクラーヴェ」が再び行われることになりました。

実はヴォイティワ枢機卿は、この亡くなったヨハネ・パウロ1世が選ばれた時のコンクラーヴェに初めて立候補したんですがあっさりと落選していて、今回も本命は全く別の人物だと思われていて、ヴォイティワ枢機卿は本人も含めて誰も当選するとは思っていなかったんだそうです。

というのはこの時点で450年以上の間、イタリア人がずっとローマ教皇に選ばれていたので、この人物が当選した時点で455年ぶりの非イタリア人ローマ教皇となったのでした。

で、この教皇、先々代のパウロ6世も「空飛ぶ教皇」として有名だったんですがそれを更に凌ぐペースで全世界を飛び回り100か国以上を訪問し、しかも各国の言葉で挨拶をするなどの外交にも熱心だったのと、母国・ポーランドが社会主義の国の中では唯一、宗教には寛容な国で、カトリック教徒が国民の90%以上を占める国だったことから、1980-90年代の東欧の民主化運動の精神的支柱にもなったんだそうです。

ゆえにその影響力を畏れさられて、生涯で2回、襲撃されて、うち1度は奇跡的にことごとく内臓の損傷をかわしてたおかげで死なずに済んだほどの暗殺未遂事件をソ連や東欧諸国の陰謀で引き起こされてるんですけども(汗)。

その結果、非イタリア系教皇でそれほど活躍も期待もされていなかったヨハネ・パウロ2世は2005年に亡くなったんですが、その間の在任期間はざっと27年間。(歴史がはっきりしてる中では)最も長かったのが18世紀のピウス9世(「第1バチカン公会議」を開いた人物で世界史には出てくるかも?的な人物ですが)に次ぐ2番目の在任期間を誇る法王になったんだそうです。

抜本的改革をするためには「必要以上に気負わない」ことかと。

共に共通してるのは「組織の派閥等の中では傍流」に位置しており、いざ自分がトップになった後には自分も積極果敢に動くし、同時に派閥に関係なくどんどん有能な人物を「抜擢」し、結果大胆な抜本的改革を果たし、結果を後世に繋げている、という点は春日野理事長とヨハネ・パウロ2世の類似点ではないか、と思われます。

と同時に、よく言えば「成り行き的に」、悪く言えば「棚ぼた的に」、会長職が回ってきたインファンティノ氏にとっては、実は気負いをせずにできるチャンスではないのだろうか、と、思うわけです。

ま、これは余談としてですが、(賛否両論ありそうな話ではありますが)近年の政治史でいえば、「最初は総理なんかするつもりはなかった。嫌だったらいつでもやめてやる」で始まりつつも最後は長期政権を築きあげてしまった戦後すぐの吉田茂氏とか、「派閥の保守本流から外れてたが、最後の最後に出番が回ってきた」昭和末期の中曽根康弘氏とか、「常に自民党総裁選に立候補してたが変人すぎて誰も総裁になるとは思っていなかった」小泉純一郎氏が、本当に自民党総裁に就任し、総理大臣にまでなった上に、(その良し悪しは別にして)様々な政治改革・経済改革を成し遂げてしまった、というところも若干似ているかも…しれませんね。むろん、中曽根氏・小泉氏の場合は、特に国鉄→JRと、郵政民営化については、まだまだ完全な評価はできかねる段階ではありますが…。

逆に言えば、例えば60年安保の対応で世論に押し潰された岸信介氏とか、田中角栄氏との死闘の末に総理になったのに自民党総裁選で足元掬われた福田赳夫氏とか、長年「総理になりたいなりたい」で最後念願叶ったはいいが東日本大震災等の対応で国民にそっぽ向かれて政治生命をも縮めてしまった民主党の菅直人氏…のように、自他ともに認める「総理になりたい、トップに座りたい」みたいな政治家が、志半ばで総理の椅子から外れざるを得ない、という政治史の側面もあるんですけどね。ええ(苦笑)。

なので、本当に改革するんであれば、気負いなく、有能な人材をどんどん抜擢してシステム改革しちゃいなよ、って感じですよね。FIFAの新会長さんにも。ただ本人たちもわかってるとはおもうんですが、たぶん派閥争いもあるんだろうし、彼らが予想だにしないような巨額の金が動くから、その欲に本人も周りも負けないといいんだけどね、と。

で、個人的に一番困るのは…。

それにしても個人的に一番つらいのは、この「インファンティノ」…という名前。趣味でやってるクイズとかで、確実にペーパークイズとかに出そうな名前だけど、うーん、覚えづれえ(←そっちかいw)。「ブラッター」とか「アヴェランジェ」とか濁音が入ってると、口で発音して覚えそうな気がするんだけど、「インティファンノ」とか読みやすく間違えそうだ(意味不明)

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