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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

さだまさしが来月、「永縁(えいえん)~さだまさし 永六輔を歌う~」というカバーアルバムをリリースするそうで…。

さだまさし(?) 雑談

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さだまさし、永六輔さん作品カバー集 黒柳徹子も朗読で参加 | ORICON STYLE

今年は永六輔氏が亡くなった年だったんですが(しかも盟友の大橋巨泉氏まで誘われるようにして亡くなってしまい)…。

www.muroktu.com

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先日、さだ氏がコンサートのトークで言っていた話だったんですが、こうしてカバーアルバムが記事になったんですね…。

シンガー・ソングライターのさだまさし(64)が、7月に亡くなったタレント・永六輔さん(享年83)が作詞を手がけた名曲をカバーしたアルバム『永縁(えいえん)~さだまさし 永六輔を歌う~』を11月9日にリリースすることが明らかになった。

  3歳からバイオリンを始めたさだ少年が最初に出会った流行歌が、NHK総合で放送されていたバラエティー番組『夢であいましょう』で毎月1曲、作詞・永六輔、作曲・中村八大の「六・八コンビ」が制作していた“今月のうた”だった。同コーナーからは坂本九「上を向いて歩こう」、ジェリー藤尾「遠くへ行きたい」、梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」といった数々の名曲が生まれ、さだは自身の楽曲の「ルーツ」と明かす。

  2013年8月に同番組の“復刻版”が放送され、永さんと久しぶりに再会したさだは、永さんのテレビ創成期の仕事ぶりや作詞家としての功績を知ろうと、それから数度にわたって会談を重ねてきた。そして今年7月7日の訃報を受け、「永さんの作品を歌うアルバムを制作することで敬愛の気持ちを伝えたい」との思いから、7月下旬から本作の企画を進めてきた。

  収録曲は前出の「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」といった王道の名曲から、さだの25周年記念アルバム『季節の栖~Twenty five Reasons~』(99年)に収録された永さん作詞、さだ作曲の「ふ」まで全15曲。制作陣に中村八大さんの長男・中村力丸氏を迎えて対話したうえで、永さんが歌手として歌唱した「生きるものの歌」を歌うことも決意した。

  また、永さんとゆかりの深い黒柳徹子(83)、前出のNHKの番組で同名主題歌「夢であいましょう」を歌っていた坂本スミ子(79)も参加。レコーディングは8月下旬から9月上旬にかけて都内のスタジオで行われ、黒柳は「夢であいましょう」を朗読、坂本は同曲を歌唱した。黒柳はほぼ一発OKで関係者驚かせていた。

さだ氏と永サンの繋がりは島原の宮崎康平氏という人物が…。

もともと、さだ氏と永サンの繋がりは、「島原の子守歌」の作者としても知られ、のちに「まぼろしの邪馬台国」という代表作で「邪馬台国はどこにあったのか」という大論争を起こすきっかけになった宮崎康平氏という人物がきっかけだったそうです。

で、その宮崎氏と永サンが早稲田大学の先輩後輩という縁があり、たまたまさだ氏のお父上が宮崎氏の古くからのお友達だったこともあって息子のさだ氏も一緒に宮崎氏の自宅に遊びにいくような関係で、小さい頃からかわいがってもらってたんだそうで。

もともとさだ氏は幼少の頃から始めたバイオリンの修行で中学に入った頃から東京で独り暮らしをしていたんですが、高校の頃ぐらいからバイオリンの道に挫折してその反動でアルバイトのしすぎで体を壊して國學院大學を辞めて長崎に帰郷してたんですね。そこに東京で高校時代以降、アマチュア同士で交流があり当時はバンドに入ってた吉田正美という友人が半ば失踪する形で東京から長崎のさだ氏の家に転がり込むようにやってきて、それで曲を作ったりして音楽活動を始めたんだそうです。

デビュー前にさだの自作曲を聞いた宮崎康平は…。

で、それを聞いた宮崎氏は島原の自宅に彼らを呼びつけて本当は彼らの音楽を聞いたあげくに「そんなくだらぬ音楽をやめてバイオリンの道に戻れ」と𠮟りつけようと思ってたところ、実際にさだ氏の自作の曲を聞いて、その宮崎氏をして「自分は今までこんな音楽は聞いたことがない。だから意外におもしろいかもしれない」と、自分の名刺を渡して長崎の放送局の人に紹介までしてくれて、これがフォークデュオ「グレープ」がメジャーデビューする足掛かりになった、というきっかけを作った「恩人」だったそうです。

その宮崎氏のご縁で永サンとは、さだ氏が「グレープ」でデビューする前後位からの知己や交流があったんだそうですね。それと偶然というか、さだ氏と永サンが同じ4月10日生まれ、という話も(笑い)

そういう「ご縁」も想い、タイトルに「永縁」と名付けた、と。

そういう「ご縁」を想いつつ、このカバーアルバムは「永縁(えいえん)」という名前をつけたんですね…と、さだ氏はこないだのコンサートで言ってましたね。

そこらへんの話はコアなさだファンは(やはり?)知ってる人が多かったんで、「なるほどなあ」っていう空気が流れてましたね。勿論、それほどさだまさしに詳しくない初めてきたお客さんも「さださんと永さんはそういうご縁が…」と驚かれたんじゃないでしょうかね。

さだまさしも好きだが、永六輔はもっと好きという友人がいて…。

余談なんですが、長年のさだファン関係の友人で、こないだまで私が主宰していたクイズサークルでは現時点では(かつては私の次に、そして私が辞めた今では)最古参になる副幹事長を担当しているS氏は、さだまさしも好きなんだけど、それよりももっと永六輔氏の大ファンで、永サンがTBSラジオで長年、土曜日午前中に担当していた「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」のヘビーリスナーでした。

で、以前、そのSさんが言っていたのは「そこの番組にはがきで投書すると、その返事が来たんですよ永サンから」とびっくりしつつ目を輝かせながら話をしてたのが印象的でしたね。

実際、その宛名とコメントが書いてあったハガキの表面のコピーを見せてもらったんですが、当時(今から20年ぐらい前だったんですが)永サンが、投稿してきたリスナーへのハガキには一言二言ではあるんですがちゃんと返事を出していたそうなんですよね。裏は番組のステッカーか出演者一同の写真みたい絵葉書だったらしいんですけど、表の宛名が書かれた下半分の余白の通信欄に直筆で返事を書いてあって、それが送られた来た時には物凄く感激した、と言ってましたね。

で、これに味を占めた(?)本人は、それ以後もハガキを書いて投稿し、たまにクイズサークルの仲間の話をネタにして送ってたんだそうで読まれちゃったんだそうで、それをネタにされた本人がたまたまラジオで聞いていて「Sの野郎、俺の話をネタにしてたぞ、ふざけんな(笑)」と苦笑いしてましたっけ(苦笑)

最近のSさんは中島みゆきも大好きだったり、たまにaikoとかゆずのコンサートに行ったりしてるそうなんですが…まあこれは喜んで買うんだろうなあ。そして懐かしくてひとりこっそりと涙するのかもしれないですね…。

このアルバムはぜひ買って聞いてみたいですね。

いずれにしてもさだまさしに詳しい人も、永六輔に詳しい人も、もちろんそうでない人も何かのきっかけとして聞いていただければ、と思う一枚になるんじゃないでしょうかね。

うちはひょっとしたらさださんのファンクラブに入ってる嫁が買うかもしれませんが、もしそうじゃなかったら久々に自分で買おうかな?と思ってる一枚です、はい。ひょっとしたら、車の中でひとり運転してる時にかけて泣くかもしれない(大汗)

ユリイカ 2016年10月号 特集=永 六輔 ―上を向いて歩こう― (青土社)

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さだまさし 永六輔を歌う

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まぼろしの邪馬台国 (講談社文庫)

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