読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

元横綱・千代の富士の九重親方が亡くなられたそうで…。【追記あり】

スポーツ 雑談

スポンサーリンク

f:id:tony_togo:20160731191934j:plain

元横綱千代の富士の九重親方が死去 61歳 - 大相撲 : 日刊スポーツ

晩飯を食べてたら、スマホでヤフー視てた嫁が「千代の富士の九重親方亡くなったんだって」と言ってきて「マジか…」と呟いてたら、NHKテレビのニュース速報でも流れて更に絶句した私でした…。

※NHKニュースのサイトにも黒枠のニュース速報で出てました。

大相撲の元横綱千代の富士の九重親方が死去したことが31日、分かった。61歳だった。 

 九重親方の略歴は以下の通り。

  ◆九重貢(ここのえ・みつぐ)元横綱千代の富士。本名は秋元貢。1955年(昭30)6月1日、北海道松前郡福島町生まれ。70年秋場所初土俵。75年秋新入幕。81年秋から横綱に。通算1045勝。優勝31回。三賞7度。金星3個。89年には国民栄誉賞に輝いた。91年夏場所限りで引退後、年寄陣幕襲名。92年4月に九重を襲名し部屋の師匠に。08年2月に理事初当選。広報部長、審判部長、巡業部長などを経て、12年2月から事業部長。15年名古屋場所を休場し、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けていた。家族は夫人と1男2女。現役時代は183センチ、127キロ。

元横綱・千代の富士の九重親方が死去 | NHKニュース

NHKには詳細が出ておりました。

大相撲で31回の優勝を果たし、相撲界で初めて国民栄誉賞を受賞した元横綱・千代の富士の九重親方が、31日午後4時ごろ、すい臓がんのため東京都内の病院で亡くなりました。61歳でした。

九重親方は昭和30年、北海道福島町で生まれ、昭和45年に初土俵を踏みました。
昭和56年の名古屋場所で2回目の優勝を果たして第58代の横綱となり、前みつを取っての速攻や強烈な上手投げなどで圧倒的な強さと人気を誇り、「ウルフ」のニックネームで親しまれました。
昭和63年には当時、戦後最高となる53連勝、平成元年には通算勝ち星の当時の新記録を作り、相撲界で初めて国民栄誉賞を受賞しました。
平成3年の夏場所の初日に18歳の貴花田、のちの横綱・貴乃花に敗れ、3日目に貴闘力に敗れたあと、現役引退を表明しました。優勝回数31回は歴代3位、通算1045勝は歴代2位の記録です。
引退後は九重部屋を継承して大関・千代大海など多くの関取を育て、去年、国技館で還暦を祝う土俵入りを披露しました。
しかし、そのあとの名古屋場所を休み、早期のすい臓がんの手術を受けたと明らかにしていました。
そして31日午後4時ごろ、すい臓がんのため、東京大学附属病院で亡くなったということです。

私の世代だと、強い横綱=千代の富士、でしたねえ。

いやもう、私の世代だと横綱=千代の富士って世代でして。先年亡くなった北の湖はちょっと早く、隆の里は千代の富士キラーでしたが短命横綱で、北勝海・大乃国・旭富士は千代の富士の引退後、比較的早く、立て続けに引退してしまったので、千代の富士の後は、曙、貴乃花…って印象が強いんですよね。

あとは、千代の富士を知るきっかけになったのは、「キン肉マン」でのウルフマン(アニメではリキシマン)でしたね。あれにモデルがいたのか、と。よくよく見たら「そのまんま」なんすけど、どちらかというとあんこ型ではなく、そっぷ型の筋骨隆々の小柄な力士でしたが、全身筋肉の鋼みたいな体で自分よりも大きな小錦とか、大乃国とかを撃破していったのは凄かったですね…。

何よりもこの横綱土俵入りが綺麗でね…。

ま、週刊誌なんかでは結構ダーティーなこともあったらしいという話も出てたんですけど、幸か不幸か私は千代の富士の現役引退後にそれを知ったので…。

「還暦土俵入り」を迎えることができる横綱は数多くなく…。

実は昨日、たまたま寝る前にスマホでWikipediaの「還暦土俵入り」の項目を見てたんですが、歴代横綱の中で国技館を使って還暦土俵入りをした元横綱の親方(相撲協会を退職していると国技館は使えないらしいんですね)は、わずか10人しかいないんだそうです。その他に、千代の富士の師匠に当たる北の富士さんなど3人ほどが別の場所(ホテルとか大きなレストランなど)で行った記録はあるんですが、明治以降の50人ほどいる横綱の中で、国技館もしくはその他の場所で行えた元横綱はそれでもわずか13人。

これは若い頃に鯨飲馬食的な生活をする相撲取りならでは、という健康・体力的な事情と(横綱・大関に至らなかった元力士に共通して言えるのですが)、「常に優勝争いを義務付けられて、それこそ大きく負け越したらそれで引退せねばならない」横綱を張り続ける精神的負担が半端なく大きいからだそうで。

長寿を全うした元横綱・初代若乃花にはこんなエピソードが。

かつて昭和30年代に栃錦と共に「栃若」時代を作った元横綱の初代若乃花の二子山親方は、自身は80歳代まで長生きしたものの、現役引退後、二子山部屋として独立して「育てた」弟子が(横綱・大関に手が届かなかった弟子も含めて)、ことごとく還暦前に亡くなったり、相撲協会を退職して角界から去ってしまったそうで、自身が親方になってはじめて関取まで育てた、元二子岳の荒磯親方(最高位は小結だったそうです)が、停年を迎えた際のパーティーで、

「私は多くの弟子を育て、その中には師匠になった者も多くいるが、無事停年を迎えたのはこの荒磯がはじめてです」

と大いに喜んでスピーチした、という逸話があるほどなんですね。

思えば千代の富士は「かろうじて間に合った」のか。

で、その千代の富士の九重親方は昨年6月に還暦を迎え、国技館で太刀持ち・露払いに白鵬・日馬富士を従えて還暦土俵入りをしたんですが…そういえばちょっと前に癌が発見されて入院してた、なんていうスポーツ新聞の記事があったよなあ、って記憶があるんですが、まさか…って感じですわ。

昨年の九州場所の途中で、

www.muroktu.com

千代の富士と同様に昭和後期の相撲界の引っ張ってきた元横綱の北の湖親方が亡くなられたのもショックだったんですが、これで大鵬・北の湖・千代の富士…と、戦後の角界を引っ張ってきた名横綱(一代年寄を得られた大横綱。千代の富士は現役末期の時点で九重部屋を継ぐのが内定してて辞退されたんですが、事実上含まれてるんだそうです)…がいずれも鬼籍に入られることになるとは。

昭和がまた遠くなっていく…。

しかし九重親方は現役時代からそれほど太った感じもしなかったし、三役の頃にはスパッと禁煙をされたりして(軽量で悩んでた千代の富士に「タバコ止めれば体重が増えるよ」禁煙を進めたのは元大関の貴ノ花(のちの二子山親方)。今の貴乃花親方のお父上なんだそうです…が、この人も若くして亡くなってるんだよな…)、節制されてるイメージはあったんですけどね…。残念です。

また昭和がひとつ遠くなっていきますね…ご冥福をお祈りいたします。

【追記(2016/08/01)】

昨日の夜は九重親方の訃報に接してなんか愕然としちゃって、あまりよく寝れなかったんすね。

で、今日の昼前に、いつもTwitterで楽しませてもらってます立川談四楼師匠のツイートを見てたら、

文字助とは、桂文字助師匠の事で談志師匠の筆頭弟子で(別の師匠のとこで修行してその師匠が亡くなって談志門下に入ったので生え抜きではないんですが)、談四楼師匠の兄弟子にあたる方なんですが、相撲噺が得意、というか相撲噺しかしない方で落語ファンにはちょいと有名な方なんすけどね。やはり親方との接点はあったんですね…。