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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

昨日突然、一緒に住んでた妻の親が亡くなりまして…。

雑談

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http://www.flickr.com/photos/46745670@N00/1920975810

photo by Mr. Stark

こんにちわ。むろかつ@トニー・トウゴウです。

昨日はブログをお休みしておりました。やっとこ関係各所への手続きやら何やらが一段落してきましたので、一応のライフワークと気が滅入りそうなので気分転換を兼ねてまた記事をぼちぼち書いていこうかと思います。

月曜日の出来事

うちは嫁の両親と同居していて私は「マスオさん」な立場なんですが、78歳のおばあちゃんの方が、数年前に転んで背骨を骨折して以後は寝たきり→車いすの生活でした。隣町の介護施設で2年間リハビリ生活をしたのちに、 車いすには乗れるようになったので自宅に戻ってきて、介護ベッドなどをレンタルで借りて生活しつつ、2年間過ごしていた介護施設に週4回のデイサービスに行ってました。

で、おととい、月曜は週2回のお風呂の日で朝は本人はかなりウキウキ気分で送迎車に乗って出かけたんですが、夕方戻ってくると顔面蒼白になっていてもたれかかるように車いすに乗っており、送迎の担当の方もかなり心配されておりました。ただ、お風呂も普通に入り、お昼ご飯やおやつも平らげてたそうで、てっきり「乗り物酔いでもしたのかな(実際に車いすのまま送迎車のワゴンに乗るんで大層揺れるんだそうで、いつも酔い止めの薬を飲んでました)」「ちょっと風邪でもひいてたのかな」的な感じで、少々、寝室で横になることになった次第でした。

急転直下…。

そのまま晩御飯もパスして寝ていたおばあちゃんでしたが、夜中2時ぐらいにふと気になって階下の寝室の覗くと、おばあちゃんが目を覚ましておりまして、娘、つまりはうちの妻を呼んでくれと言ってきました。で、寝てた嫁を起こして連れていくと、実は咳き込んだ時に吐いてしまってたらしく、それを着替えさせようと、いったん起こそうとしたんですが、自分で体を起こせないので、「明日の朝着替えるから、首の周りにタオルを巻いておいて」と言うので、それでは、とタオルを巻いたら、また寝てしまったので我々も寝室に戻ったのが午前2時すぎのことでした。

で、6時半過ぎに我々夫婦はちょっと早いんですが朝ごはんを食べるんですけども、朝食後、洗濯機を回して二階のパソコンの部屋に戻った時にも、階下からおばあちゃんが嫁を呼ぶ声が。で、嫁は朝食の支度をしてたので聞こえなかったと見え、代わりに私が階下に行ったら即座に「お腹が痛い」とのこと。実はおばあちゃんは大の病院嫌いだったんですが、そのおばあちゃんが「病院に行く」というほどで、これはいかんと、119番通報をしたのでした。

2016年3月29日午前8時25分

それから10分足らずで救急隊が来たんですが、この時点で車いすに乗せて肌着を着替えさせようとするも、おばあちゃんの意識がなく、救急隊の人たち(3人でいらっしゃいました)が、脈を図ろうとするも、脈が取れない、とのこと。ただちにこの地区の唯一の救急救命室がある青梅の総合病院に搬送することになり、私が付き添うことに。私は妻やおじいちゃん、友達のそれぞれの付き添いで救急車に乗るのはこの3年間で8回目になるんですけども…。

ちなみに青梅の総合病院は、これまで息子が気管支炎で何度かお世話になった病院でしたので、多少は知っておりました。

www.muroktu.com

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で、青梅の病院まで約20分。車内では救急隊の方が心臓マッサージをしたり、人工呼吸をしていたのですが、意識も脈拍も呼吸も全く回復せず。救急隊の方の説明では、さきほどの車いすに乗せた時点で「心肺停止状態」になっていたそうでした。病院についてただちに救急救命室で蘇生を施すも、30分後に待合室にいたところ、お医者さんに呼ばれ、寝ている本人の前で「ここまでやってきましたが、脳波も停止しており、人工呼吸を止めると呼吸も止まります。残念ながら…」とおっしゃいましたので、「わかりました。ありがとうございました。」と一礼した私でした。

これが2016年3月29日午前8時25分。いわゆる「ご臨終」の瞬間を私は人生で初めて立ち会った瞬間となったのでした。

私としては、その過去の8回の救急車付き添いの中で、初めて患者本人が意識が無く、心臓マッサージまで施しているのを見た瞬間に、かなりの「覚悟」はできておりましたので、正直、涙は出ませんでした。…というよりも「本当か、これ?」という自問自答(ツッコミと言った方が正しいかもしれません)の気持ちの方が強すぎて、と同時に「各方面に連絡しなきゃ」という、長年、クイズサークルで仕切ってきた悪い癖のような感覚が強く、いったん救急車などが出入りする自動ドアの外に出てiPhoneを握りしめつつ、足が小刻みに震えておりました。

身内が亡くなるとこんなに多忙になるのか、と。

 最初に妻に、次に本当は今日も行く予定だったデイサービス先の介護施設に(既に救急車で病院に行くのでデイサービスは休む旨の連絡はしておりました)、更にケアマネージャーさんに…と。妻は多少の覚悟はあったそうですが(意識をなくして心肺停止状態になった瞬間、私は背後にいたんですが、真正面から肌着を着せようとしてましたので)、介護施設の方や、ケアマネさんは絶句されてました。そりゃそうでしょう。特段持病もなく、この24時間前には元気溌剌だったんだから、と。

この後、実は自宅で心肺停止状態になった場合は地元の警察署の方の調べるのが入る為、警察署の方を待ってる間に妻子とおじいちゃんにタクシーで青梅に来てもらい、別室に安置された(これは警察の方と主治医の方が調査が入る為。霊安室ではなかったです)おばあちゃんの遺体と対面、警察の方とのお話などが終わったのが午前11時半。おばあちゃんの遺体は地元の警察署に移され、我々はタクシーでいったん自宅に帰ることになりました。

で、午後は地元の葬儀屋をネットで調べて電話して、現地に赴いたり、介護施設に挨拶に出向いたり、青梅の総合病院での支払いをしたり、家に帰ったら、ご近所付き合いが深かったで、隣近所の隣組の付き合いのあるおばちゃんたちに報告と説明をし、葬儀屋で貰った訃報のサンプル集に通夜告別式の日付を書いて、それを町内会長さんとこに持ってったり…と、「てんてこ舞い」の言葉通りの展開に。夕方に警察署の検視が終わって、葬儀屋さんと一緒に遺体を引き取って、セレモニーホールの裏手にある霊安室に冷蔵保存されることになりそこに赴いて、「末期の水」も私がやることに(リンク先では5番目の優先順なんですけど)。ここは24時間面会が可能だそうで、鍵を渡されて、いったん帰宅しました。

基本的に我が家はおじいちゃんが80歳を過ぎて免許証を返上してしまったのと、妻は子供の面倒をみないといけないので、動けるのは私だけ、ということだったりします。妻にはお兄ちゃんがいるんですが、神奈川県の方に住んでいて、夜、我が家に来るそうで(通夜告別式の前後はこちらに泊まり込む予定です)、一応、関係各所に電話等で報告するのは自宅にいる妻が、外に出て諸々の手続きをしてくるのは私、という役割分担をきっちりやって、帰った来たのが午後7時前でした。

知らぬ間に「躁状態」になってる自分に驚いた。

その後、近所に住む仕切り屋さん的な親戚の叔父さん(いやあ私はこういう世事に疎いので助かりました)と、神奈川県に住む義兄がやってきて、諸々の打ち合わせを。結果、晩御飯を食べたのが午後10時を過ぎてたんですが…昼間にチャーハン作って食べた時にもそうだったんですけども「なぜか味がしない」のに気づきました。

で、風呂入って、PCを拡げてると突然眠気が…。確かに前夜は午前2時半に寝て、6時には起きてたので3時間半しか寝ておらずこれは寝なきゃ、と、午前0時前には寝てしまったんですが、「あー、良く寝た。8時間は寝たかも」と思って目を覚ましたら、外は真っ暗。そして時刻は午前1時すぎ。

どうも慌ただしすぎて変な躁状態に入ってるのがわかりました。3年前の秋に、息子が緊急出産で生まれたのが夜で、そこから都区内からタクシーで帰ってきたのが午前3時すぎ。この時も一睡もできなかったんですね。身体は疲れ切ってるのに、なんが気持ちだけが昂っているような感覚が。「うーん、こういうとこが自分は仕切りとかを考えちゃうからダメなんだな…」と、ひとりごちしながら、結局寝たのは午前3時を過ぎておりました。ふとんでスマホをつけてwikipediaで「横綱一覧」とか見てたら寝落ちした、みたいな感覚でした(汗)。 

クイズサークルの仲間が最近、続々と親を亡くしている…。

うちの親は今年70歳になるぐらいで健在なんですが、20数年もサークルを続けていると、メンバーが30代40代50代…と年を取っていくので(若い方も入ってきてはいるんですけどね)、自然とその親御さんも年を取り、そして病気等で亡くなる、という例が増えてきました。特に一昨年去年今年と、少なくても3人のメンバーの親御さんが亡くなられていて、「うん、みんなそういう年齢になってきてるんだね」と、休会中ではあるんですが会員でもあるうちの嫁とそういう話をしていた矢先でした。つまり、うちの嫁もそのうちの一人になったわけです。

ただ、私の祖父母のうちの3人(父方の祖母は今年90歳でまだまだ元気なんですけど)も、そうだったんですが、イメージとしては例えば癌、脳溢血などの脳疾患などは、「発症して手術などをするが、だんだんと体が弱くなったり激やせしたりして、最後は肺炎などで亡くなる」というパターンが大半で、勿論交通事故や天変災害は別ですが、いうなれば「余命何年、何か月」という宣告を受けて、徐々に覚悟ができてくるものだ…と考えていました。 ところが、今回の嫁の母親の場合は、前日朝まで、介護施設の方の話では前日の午後3時のおやつタイムまでは元気溌剌でいたのに、その次の日には急転直下、亡くなってしまったわけで、正直、病院で待ち合わせた妻と、こうぼやいたもんでした。

「いや、心の準備ってもんがあるだろう。いきなりすぎるわ。」と。

ただ、冷静に考えれば、うちの息子も、妻が妊娠中毒症を悪化させて妊娠8か月の定期健診の直後に入院したその翌日に急転直下、帝王切開で生まれているので、「なるほど、それも血筋か」とぼやいたら、妻が苦笑いしておりましたわ(泣)

ちなみに亡くなった原因は…。

なお、亡くなった原因ですが、ご臨終を宣告された直後に、CTスキャンを撮りまして、少しした後に診察室で先生から説明を受けました。

夕方に貰った警察での検視の結論は「麻痺性イレウス」。イレウスとは「腸閉塞」のことです。更に主治医の先生は「これは推測に過ぎませんが」と前置きしてくれてかなりの確率でそうだろうと言っていた話としては、CTスキャンで画像を見せてくれたんですが、小腸が通常の何倍にも大きくなっておりました。

で、先生曰く「腸の血管に血栓ができてしまい、それが血流をふさいでしまい、腸が動かなくなり、中のガスや毒素が体全身に回ったのではないか」とのことでした。実は自宅で意識を失った時に、妻が「お腹が異常に張っていて、物凄く硬い」と言っていたんですね、そしてご臨終の瞬間は信楽焼のたぬきのような(←物凄く妙な言い方で申し訳ないのですが)、異常なほどの膨らみになっており、むしろ亡くなった事よりも、細身のおばあちゃんのお腹がなんであんなになってるんだろう、と疑問に思ったのをよく覚えています。つまり朝の「お腹が痛い」はこれの最初の段階だったのではないか、とのことでした。

「残念ながら、これは予防できません。」

そして先生に尋ねました。「うちのおばあちゃんは大の病院嫌いで、人間ドッグの類は殆ど行ったことが無かったんですが、仮に定期検査を受けて異常がわかったら予防はできたんでしょうか」と。

すると、先生が意外な事を云い始めたんですね。「いえ、実はこれは心臓の血管に血栓が起きて発症する心筋梗塞と同じで、腸の血管が血栓で詰まって起きたものなんですね。こちらは残念ながら本当に突然死のようなもので、予防はできないのですよ」と。

それを後で病院に来た嫁に話をすると、「そう…。それじゃ仕方ないよね」と、さばさばした表情、というか、これも運命だから仕方ないんだね、といった顔をしてたのが印象的でした。

ま、親御さんが健在な方は「今後の」参考にしていただければ…。

これを書こうと思ったのは、ある程度落ち着きを取り戻した際に、ふと自分で「あの時に何を思い、動いてたか」を確認するためと、もし親御さんがご健在な方でしたら、「親御さんが万が一、こうなった時には」という意味での参考資料になれれば幸い、と思って書いた次第です。今日も、葬儀屋さんが来て、一応の葬儀の見積もりやら、買い物ついでに関係各所に訃報(通夜告別式のお知らせを書いた紙のコピー)を渡しにいったりと。

まあ私の実の親は未だに健在なんですが(私は三人兄弟の長男、嫁は二人兄妹の末っ子なんで、両家の両親は一世代違うんですね。昭和8-12年の戦前生まれと、昭和21-22年の団塊の世代ぐらいの)、「こういう、いきなり亡くなることもあるんだな」というのは正直想定外だったので、たぶんすべてが終わった後に、ああすればよかったこうすればよかった…と思う事も多々あるとは思います。それと、告別式が終わった後にも、通帳などの名義変更、必要であれば相続放棄など、法的な手続きも結構多いそうで、この土日に通夜・告別式があるんですが、たぶん今月来月ぐらいまではばたばたするんだろうなあ、と考えている次第です。

 

えらく長々と書きましたが、一応、元気です。ぼちぼちとまた通常営業に戻りたいと思います。

それではまた。

身近な人が亡くなった後の手続のすべて

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家路(遠き山に日は落ちて)

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