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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

今週のお題「一番古い記憶」

雑談 日常

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今週のお題「一番古い記憶」…なんだそーで、まあつらつらと書いてみますわ。

その1.3歳になった頃に住んでた東村山の記憶(おそらく3歳2-3か月の記憶)。

うちの親父は公務員(税関勤務)だったんですが、公務員住宅の空きが無くて東村山から羽田空港まで通ってました。ここに生まれて2か月目から3歳半手前まで住んでた…んですが、唯一覚えてるのが、

・祖父が千葉から遊びに来て、ベビーカーに乗せられて散歩しにいった記憶

なんすよね。

で、なぜか覚えるのが、近所の西武線の下をくぐるでトンネルがあったこと。後年、親父に聞いたら「よくそんなん覚えてるな」と驚かれました…。

その2.東村山から成田に引っ越した日の記憶(3歳3-4か月の記憶)。

3歳半手前の時に成田空港が開港することになったので、家族で成田ニュータウンの公務員団地に引っ越しました。まあ母親が臨月でその半月後に弟を産むことになるような感じだったんで、千葉・佐原の祖父宅に泊まって、荷物の搬入と同時に住み始めたらしいです。

で、この時に引越し終わりに「お疲れさん会」を手伝ってくれた親父の同僚10人ぐらいと始めたんですね。んで、シャンパンかワインの栓を抜こうとした時に、コルクが蛍光灯に直撃して割れてしまったというハプニングが(爆)。これは子供心にずっと覚えてましたねえ。今でもクリスマスのシャンメリーとかのコルク栓を抜くときに警戒してしまいますし(苦笑)。

その3.弟が生まれる直前の祖父宅の記憶(3歳4か月の記憶)

ところが親父的には職場がとんでもないことになります。成田空港の開港が2か月も遅れることになったんですね。原因は「成田空港管制塔占拠事件」。これで開港が3月30日から5月20日に繰り下がってしまったんです。

で、うちの母親は臨月でして、4月中旬に出産が控えてます。親父は成田空港がアウトであれば、旧来の羽田空港へ出勤しなくてはなりません。で、当時3歳児の私は?

…という事で成田から車で1時間ぐらい先の佐原に当時は父方の祖父母と父方の祖母の両親、つまり曾祖父母が住んでたんで、そこに預けられることになったわけです。

しかしながら3歳児にすればいつも一緒の両親はいないわ、初孫を見に毎月のように遊びに来てくれたとはいえ、3歳児からすれはば月1回ぐらいしかたまーにしか会えない祖父母は「誰?」ということになるわけで、夜、寂しくてギャンギャン泣いてしまったんですね。で、その際に玄関先で胴上げみたいにあやしてくれた…んですが、その記憶がなぜか残っているんですね。ついでに言うと、祖父が「かわいそうに」ともらい泣きしてた記憶も。

※余談としては更に2年後に妹が生まれるんですが、さすがにこの時は子供を2人も佐原に預けるのは気兼ねしたのか羽田に住んでた母方の祖母が面倒を見に来てくれてました。

あとは、祖父母と布団を並べて一緒寝てたんですが、祖父のいびきがうるさかったことを。まあこれは、祖父の長男であるうちの親父、その親父の長男の私、そのまた長男のうちの息子…が、顔だけでなくこのいびきがうるさいのも似てしまったのには「うーん、そこまで似なくてもいいのに」と思わず失笑してしまったのはその30数年後の話でしたが…。

※ちなみに冒頭の写真はうちの息子です。早いもんで来月に2歳になります。

 

この3つですかね。いずれにしても昭和でいえば53年の2月から4月の間の記憶、私の年齢では3歳3-5か月程度の頃の話なんすけど、不惑の年齢を過ぎてもなぜか覚えてるのは不思議ですよね…もっと重要なことを覚えればいいのに(自爆)。

で、幼稚園・小学校とかの記憶は薄ぼんやりですけど残ってますね。

 

あ、そうそう後から知って「驚愕」した話があって、通ってた幼稚園は成田山の仏教系の幼稚園だったんですけど、幼稚園の年長組の頃に、とても偉い偉いお坊さんが訪問するってんで、どうもそのお坊さんが外国の偉いお坊さんで、日本の日の丸と、そちらの国の国旗の旗を自分らでつくったり(糊で割り箸に貼る程度だったと思います)、そのお坊さんが来る際に皆でお迎えする段階で、どえらく幼稚園の先生方が緊張してたのを覚えてるんですね。で、そのお坊さんが迎えた我々の前を通ったんですが、「あのお坊さんは誰なんだろう」って、子供ながらに首をかしげてたのをよく覚えています。

で、この人が実は、

ダライ・ラマ14世

だったのを知ったのはずいぶん後、この幼稚園が創立100周年ということで100年前から最近の卒園アルバムの全クラスの写真を展示するイベントが成田の米屋の総本店の2階ギャラリーであったので、妻と帰省がてら見に行ったら(あ、私のクラスの写真も勿論ありました。そして受付にいた教頭先生が私の事を覚えていたとは(爆))、幼稚園100年史としてそれの写真パネルも掲げられていて「いーっ???!!!」と指差して絶句した私が。

ええまあ、「ゴルゴ13」を小3のころから読んでますしね(自爆)。

子供って知らねえから「なんだあのお坊さん」みたいな事を思ってるガキが多かったんだろうなあ、あれ(汗)。

まあ自分の人生40年ちょっとで、あんだけの"有名人"をすぐそばで見たのは、後年、文化放送の深夜番組を見に行った時にいたさだまさし氏と、10年ぐらい前に汐留の日テレで笑点展をやってた時になぜかいた三遊亭小遊三師匠ぐらいですわ(をい)。

ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)

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