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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

そんな私は25年以上「かな入力」ですが(爆)

日常 雑談

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http://www.flickr.com/photos/77533904@N00/2458997364

photo by Ian McClintock

できるプログラマーは「かな入力」を使っているという話 - いつか朝日が昇るまで

「へー、そうなんだー」と軽く驚いた話。私、実は「かな入力」なんすよ、ええ(汗)

そんな私は25年来「かな入力」だったり(爆)

もう長いですね。中学生の頃に、東芝ルポが実家に導入されてからですから、平成の年数と同じぐらいでしょうか。

最初は親父がどこかで貰ってきた富士通のオアシス(めちゃくちゃでかいボデーでした)は、キーボードの並びが全然違うシロモノで、東芝ルポが、パソコンのキーボードの配列と同じだったんで、後に我が家にエプソンの286だの386だのWin3.1だの、Win95…とだんだん買い替えしていっても、フツーに使ってましたね。

ブラインドタッチは自然にできるように。

東芝ルポで主に書いてたのは、中学時代部活動で文芸部に入ってたのでその小説書きとか。最初は漫画を大学ノートに書いてたんですが、絵がいくら書いても上達しないのと、「文字で表現した方が早い」ってんで、ワープロで書いてましたね。で、3.5インチフロッピー(というのも書いてて懐かしさを覚えますな(苦笑))を40枚分ぐらいにしたんですかね。浪人生の時も暇つぶしやストレス発散で横浜の下宿先で書いてたような記憶がありますし。

それと、このブログでも何度か出てくる所属しているクイズサークル絡みで。当時はさだまさしの深夜放送のリスナー仲間のサークルで、さだの話に飽きたんでじゃ、屋内ゲームでも、クイズでも、という流れでクイズ・ゲームサークルになっていったんですが、当時は会報を作ってました。といっても定例会報告の他は与太話(趣味などの記事もありましたね。「林原めぐみさん、結婚おめでとう」なんつー記事を書いた人もいましたし(爆))も寄せ集めて月一回ぐらい、定例会の前夜に成田の実家に帰り、車で隣町の8円コピーのホットスパーというコンビニでコピーしてました。で、午前様になるんですがひとりで紙折りとかホッチキス綴じをやったりとか…。

小説書きと会報の原稿書きは3年ぐらいかぶってるんですが、会報の発刊ペースが増せば増すほど、小説はかかなくなり、原稿書きに追われるようになりました。今のブログを書いてるようなペースで原稿を書いていたもので、そうなると、やはりブラインドタッチは自然にできるようになりました。

で、英字打ちが必要になることに。

そんな中、どうしても英字打ちが必要になる出来事が発生します。それは大学4年次進級時点で「翌年春に4年で卒業ができない」のと「必修の英語の単位を4教科とも残してしまってた」という事でした。

しかしながら私は大学受験も政治経済と国語で点数を稼いでたほどで英語が全く駄目。結局頭をひねって考え出したのは、「そうだ、買ったばかりのパソコンに翻訳機がついてたわ」と。当時、本来は卒論の為に買ったノートパソコン(シャープのメビウスという機種でした)があって、簡易ではありますが翻訳ソフトもついてたんですね。

で、週に4回ある英語の1-4の授業に備えて、ノートパソコンに向かって教科書の文章をただ打ち込む日々が始まりました(汗)。ところが、今もそうなんですが、当時も英文を打っても翻訳が翻訳になってないことが多く、最初の予習の時に頭を抱えることになりました。

最終的には、英文を打ちこむ→ひとまずの和訳を翻訳ソフトにしてもらう→単語を再確認しながら、それなりの日本語に再構成する…という事に。結果、大学受験の時に使ってた参考書まで取り出して、構文とかも確認することになり、大学受験時なみに英語漬けの日々になっていて、しかもかなり英語自体も上達してしまい、「うーん、俺が大学受験の時にWin95があればよかったのに」というぐらいえらいことになっておりました(苦笑)。

しかし切羽詰まってるのと、折角予習したのにサボるのはもったいないと思う自分が不思議なもので(3年次以前はよくサボってましたので)、英語4単位は全てほぼ皆勤で授業に出て、多少和訳がトンチンカンでも予習をしてきたという評価をしてくれる先生に恵まれて、単位は全て取れまして、5年目は週一回の通学で事足りた、という次第になりました。この時の名残で、英字打ちもブラインドタッチを覚えましたね。だんだんリアルタイムで「打つのが速く」なっていくのがわかるんですね。5月末ぐらいにはスラスラと打ち込めるようになったのにはわれながらびっくりしましたわ。ええ(笑)。

ではローマ字打ちはご縁が無かったのか…といえばそうでもなく。

仕事先でデータ管理が手書きからパソコンに移行することになったのが、自分が仕事を始めて3年目ぐらいの頃でしたか。すると、職場のパソコンが全支店とも、WindowsからLinuxに、OSが切り替わったんです。で、会社独自の管理ソフトを使う、と。

すると困ったのが、「えーと、Linuxではどうやってかな打ちするんだっけな?」となったわけです。で、詳しい人に聞いても皆さんローマ字打ちをフツーにやってるので「え、かな打ち?それは知らないなー」と口々に言われて、「あー、これはローマ字打ちでやるしかないな」と、ローマ字打ちを余儀なくされてしまった次第で。

しかし困るのは、「っ」とか「ょ」とかの小文字の際のローマ字打ちなんすよね。特に顧客データを扱う際に、今みたいに郵便番号から都道府県市区町村大字ぐらいまで出るんだったらいいんですが、当時はそこまで便利ではなく、住所の漢字だけ見せられて、「えーとこれはドラゴンの龍、だな」みたいな。秋田名物のしょっつるなんて、まあそれはなかったんですが(確か調味料ですよね。あれ)、顧客データであったらどうしよう、みたいな感じで仕事してましたわ。あと名前で「佐々木さん」の「々」を出すとか。東芝ルポ時代は「とう」で出たような記憶があるんですが、結局これを出すときは「佐々木」と書いて、佐と木をバックスペースで消したり、とかしてましたね。

一応、ローマ字打ちも、仕事のおかげと、かな打ち+英字打ちのミックスで打てることは打てるんですが、まあ日常では殆ど使わないっすねー。頭の中で「あのひらがなはどーやって打つんだろう」と悩んじゃうんで、だったら勝手に手が動くかな打ちでいいじゃんって、それが今に至る次第ですね。 

ちなみに言うまでもなく…。

私はプログラム等は全く駄目な超文系人間ですが、何か(号泣)。 

うーん、Excelの使い方ぐらいはもうちょっとマスターしたいんすけどね…。

最速の仕事術はプログラマーが知っている

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財産家―フォーサイト家の物語 (ヒロインの時代)

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↑ちなみに英語4で一年間やったのがこのジョン・ゴールズワージの「財産家」という小説でした。

 

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