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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

通勤定期券を私用で使うのは否か?という話と、落語家・林家彦六師匠の「逸話」。

雑談 日常

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http://www.flickr.com/photos/27917561@N00/3529081255

photo by jpellgen

会社に支給された定期券を休日に私用で使ってもいいのですか? - ネットの海の渚にて

あー、仕事したての頃、私もそれは疑問に思ってましたねえ。

1.大丈夫だと思うんすけどね…。

で、一応上司および総務に聞いたら、「ちゃんとその路線で通勤してて、普通運賃×出勤日で元を取ってればいいんじゃないの?」でしたね。各企業の服務規程にもよるかもね。なんて言われてましたが、当時勤めていた会社では全然OKでした。

というよりも、成田の実家から船橋に通っていた15年前は、ちょうど今の嫁さんになるカノジョと付き合い始めた頃で、京成電車で通ってたんですが、通勤定期券に4000円ぐらい足すと、成田から上野まで買えるので、結婚するまでの2年間は、成田から上野まで買ってましたね。

2.結婚前、デートには欠かせなかったですね。定期券。

当時は嫁さんは福生の実家に住んでいたので(ま、私の現住所でありますがw)、だいたいがデートするのはJR東京駅。二人が住んでたとこ(成田と福生)のちょうど中間点がJR東京駅だったんですね。食べるとこも多いですし、当時はエキナカができる前で土日はすいてたんですね、実は(汗)。

ついでに書くと、まだSuicaとかPasmoとかはなかったような記憶がありますね。ペラペラの定期券を、京成の定期券売り場(船橋だと高架工事中のホームの片隅に、成田だと5番線ホームにありました)で買っておりました…懐かしい。

で、夕方ご飯を食べようという時は船橋で定時まで仕事して、東京駅の八重洲地下街のイタリアントマトとかに行ってお茶して、やはり八重洲の地下街のどこかでご飯食べて、東京駅でじゃ、と別れて、私はその足で上野駅か御徒町駅から京成上野駅まで歩いて、22時の京成成田駅行きの最終のイブニングライナー…ってのがだいたいのパターンでしたねえ。

しかし怖いもんで子供の頃は遠出するたびに京成電車で乗り物酔いしてた体が、毎日の通勤で完全に京成電車の揺れになれちゃって、イブニングライナーはもとより、普通のロングシートの特急電車でもウォークマン聞きながら爆睡できるようになりましたわ(苦笑)。

3.支給額よりも多く買ってる分には問題ないような…。

で、最近まで勤めていた立川・昭島の職場の時も、JR青梅線で通ってたんですが、嫁さんのお勧めで立川から牛浜(最寄駅。拝島の隣)ではなく、立川から福生まで買ってましたね。

それは牛浜でも福生でも実は定期代が同じだったってのもありますが、当時は車を持ってなかったんで、駅前の西友やダイソーにふらりと立ち寄る際に結構青梅線で重宝してましたね。昭島の時は、あえて立川まで買ってたのは、資格試験の勉強をやっていたので立川の本屋とかに行くことが多く、使用頻度が高かったからでした。

職場では年に1回ぐらい、定期券のコピーを提出してください、とよく言われてましたね。たぶん車で通ってる奴もいたらしくそのチェックも兼ねていたんでしょうが、支給額よりも高い定期券を買ってる場合は特に御咎めなしでした。ま、一言添えてましたけどね。「資格試験勉強で頻繁に立川に行くんで云々」と。一方職場の方も支給額より高く定期代を払ってる分に関しては特にインチキもしてないだろう、という感じだったんで、特段問題はなかったような気がします。まあ、定期代貰ってるのにそれをごまかしたりしてたらアウト、でしょうけども。↓こんな感じの。

raity.hateblo.jp

4.でもさすがに却下されたことも(笑)

あ、思い出した。船橋の時に、当時、JR津田沼駅近くの某資格試験予備校に1年ほど勤務後に通ってたんですが、ある時、全社員対象に、交通費申請書を出してね、一応ありのままに書いてね、と言われたので、

[行き]

自宅[自転車]京成成田[京成]京成船橋[徒歩]職場

[帰り] 

職場[徒歩]JR船橋[JR]JR津田沼[徒歩]学校[徒歩]新京成新津田沼[新京成]京成津田沼[京成]京成成田[自転車]自宅

…と、馬鹿正直に書いたら上司に呼ばれて、「君はそんなに大回りして帰っていたのか…だが、すまん。帰りの交通費は京成しか出せん」と謝られたことが(爆)

5.でも世の中稀有な人もいた。

しかしこの話を聞くと思い出すのが、昭和の落語の名人のひとりだった8代目林家正蔵、晩年は林家彦六と名乗っていた師匠(林家木久扇師匠がたまに笑点でモノマネを披露するんで多少は馴染みがある方もいるかもしれません)が、銀座線の通勤定期券で寄席まで通っていたんですけども、この師匠は「こんなに割り引いてもらっている定期券を私用でなんか使うのは申し訳ない」と、私用で電車に乗る時は定期券を使わずに切符を買って乗っていた、という律儀な逸話があったりします。

これが当時の世の中でもあまりにも稀有な話だったんで、当時、参議院議員だった立川談志師匠が運輸委員会で「世の中にはこんな珍しい人もいる」という事で正蔵師匠のエピソードを紹介した、という話もあったりと。ま、余談でした(笑)

※ただこの当時は一般定期券と通勤定期券が別々にあり、通勤定期券の割引率が物凄かったから、という説もあるらしいんですけどね(苦笑)

彦六覚え帖―稲荷町の師匠没後三〇年

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