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「人生、成り行き」

贔屓の千葉ロッテ・ヴァンフォーレ甲府を中心に、四方山話を書いている雑記ブログです。あとさだまさしとかも。

人生、成り行き

さて、明日は「川中島ダービー」新潟対甲府戦ですな(笑)

ヴァンフォーレ甲府

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【甲府】佐久間監督、新潟の「タフさ」を警戒 : サッカー : スポーツ報知

通称「川中島の戦い」が(爆)。しかし願わくばもうちょい上の順位でお互い戦いたかった…。

J1甲府佐久間悟監督(51)が28日、30日にアウェーで対戦する新潟の「タフさ」を警戒した。

 甲府は前節の仙台戦で今季初の2連勝を飾り、最下位を脱出。逆に新潟は3連敗で最下位に転落し、チームの心臓でもあるブラジル人MFレオ・シルバは肝機能が数値異常を示し、精密検査のためブラジルに帰国している。チーム状態は対照的だが、佐久間監督は「柳下監督はタフな集団を作られた。ウチが簡単にボールを失うと、(ゴールまで)ボールを持っていかれる恐怖がある」と話した。

 今月13日に、成績不振で退任した樋口靖洋前監督(54)の後任として指揮官に就任した。昨年までの堅守を取り戻す作業を優先させ、リーグ戦は2試合連続無失点。佐久間監督は「守備の組織化はできてきた。これからは、ボールを動かす時間を作ることをやっていきたい」と話し、基本戦術の堅守速攻だけでなく、ポゼッションからの攻撃もできるようなチームにしたいという。

 …と。

で、例によってうまく資料的にまとまっていたのがwikipediaさんの記事なんすけど。

川中島の戦いの結果】

第一次(1553年)→小競り合いにて終結。

第二次(1555年)→膠着状態になり、今川義元の仲介にて、旭山城の破却と犀川を境として北を上杉領、南を武田領とすることで和睦。

第三次(1557年)→足利義輝の仲介(御内書)にて和睦。武田晴信(のちの武田信玄)が信濃守護となる。

第四次(1561年)→前半は上杉軍勝利、後半は武田軍勝利。武田方は武田信繁・諸角虎定・山本勘助など名立たる武将が討ち死にしているが、上杉方の主だった指揮官の犠牲はなし。ただし北信濃の地は武田が制圧。

第五次(1564年)→両軍睨み合いのまま双方撤退。

とまあ、5回の戦いで共に完全勝利は皆無で、あったとしても近隣の大物大名などによる「和睦」、つまりは妥協しての終結のみ、という僅差だったわけですね。

で、サッカーの方の「川中島ダービー」では…というとここ近年のJ1リーグ戦では…。

2013年 第10節 新潟1-1甲府
2013年 第20節 甲府1-1新潟
2014年 第03節 甲府1-1新潟
2014年 第28節 新潟0-0甲府

J1リーグ戦では4戦連続ドローという「おい、本物の川中島みたいじゃないか」という戦績っぷり。ナビスコ杯とかを含めると、確か昨年は後半ロスタイムぎりぎりに新潟が1点取って辛勝したという試合があったような記憶がありますが…。

いや、確かに、上杉謙信武田信玄「戦国時代、遠江の今川・相模の北条両氏から武田信玄が、経済封鎖をされ塩不足で困窮していた際に、長年敵対関係にあった上杉謙信が信玄に塩を送って助けた→塩を送るという故事ができるほどの有名なエピソードがあったのだが、だからといって

とことん塩試合

にならんでも。そしてこれを先人の誰が予想したか(誤爆)

 

あとは、まあ、願わくば、松本のアルウィン…とまでは行かないけど、川中島の古戦場に近いJ3AC長野パルセイロの本拠地で、今年リニューアルオープンした南長野運動公園総合球技場を使わせてくれればまさに「最高」だったんすけどねえ。

ま、中銀スタジアムとかビッグスワンに比べるとスタジアムは小さいらしいんですが(15500人前後だそうです)、記念試合か何かで使わせてくださればひとしきり盛り上げたというのに(号泣)。

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