家のロフトを整理してたらコロコロコミックの創刊号を見つけた。

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出版不況なのに、『コロコロコミック』が80万部も売れているヒミツ(IT Mediaビジネス)

こんな記事を読んでいて思い出した話なんすけど。

毎月15日は「小学生男子がゲラゲラ笑う日」――。

 「な、なんだよ、いきなり。どういう意味?」と思われたかもしれないが、正式にこのような日が登録されているわけではない。子どもたちのバイブルとも言える『月刊コロコロコミック』(以下、コロコロ/小学館)の発売日なのだ。

 記者は某月15日、某書店を偵察した。目的は、子どもたちが『コロコロ』を手にするかどうかである。店内をふらふら歩いていると、男の子が最新号を大事そうに抱えて、レジに向かった。しかも、1人や2人ではない。次々に、分厚い雑誌を手に取っていたのだ。

 「それはちょっと大げさでしょ。いまは出版不況。雑誌なんて売れないはず」と言いたくなる気持もよーく分かる。漫画雑誌の発行部数をみると、ほとんどが右肩下がり。そんな中で、『コロコロ』は80万部ほど。メインターゲットの小学4~6年生男子に絞ると、2人に1人が読んでいる計算になるのだ。

 雑誌の創刊は1977年。“不惑”になっても、なぜ子どもたちを笑わせ続けることができるのか。妖怪ウォッチの生みの親でもある和田誠編集長に聞いたところ「うんこ・ちんちん原理主義で喜んでいただける」とのこと。いきなり「うんこ・ちんちん原理主義」である。聞いたこともないこの言葉に、どんな意味があるのか。

いやあ「うんこ・ちんちん」。確かに確かに。「超人キンタマン」とかありましたね。未だにブログでツッコミ記事に使いますもの。「あんたたち、世の中の役に立つようなことしなさいよ!!便所掃除とか!!」のフレーズを。

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で、こないだの断捨離の折に…。

先週、持っている本や書籍類を、裁断してはスキャナーにかけて「自炊」して、更に不必要な書籍類を一斉に把捉して市のリサイクルセンターに持ち込み粗大ごみとして出しに行って本棚がスッカラカンになった、という記事を書きました。

その折に、今は神奈川の方に住んでいる妻の兄貴、つまりは「義兄」が持ってた本と私が持ってた本などがごっちゃになってまして、これはさすがに義兄が少年時代に買った「記念品的な本」だし、ちゃんと取っておかないとなーと、一応「分別」して、義兄の書籍類が入っている棚(寝室上のロフトには4つの書庫+奥に物置があります)にしまったりしてました。

この家は10年前に妻の実家が「娘夫婦(つまりうちの夫婦です)と一緒に暮らすんで」と新築リフォームした家でして、注文住宅で作ったので義兄の本なども含めてできるだけ多くの収納スペースを作って欲しいとリクエストして作られた家でした。で、寝室の上に3畳程度の広さのロフトがありまして、そこを書庫兼物置として使っているわけです(ちなみに当初は私の書斎にするつもりだったんですが夏場はめちゃくちゃ暑いのでやめました(泣))。

左側の奥の書庫が私の本が入ってたとこなんですが、手前の棚は義兄の子供時代から家にいる頃に買った本(と一部、私の本と年賀状のファイル)が入っています。「ラジオパラダイス」とか「学研のひみつシリーズ」とか懐かしい(笑)

昭和48年5月のポケット時刻表。まだ私、生まれてません(爆)

北海道の路線図。こんなに鉄道が走っていたとは…。

義兄の持ってた「コロコロコミック」の創刊号を見つけた。

で、その中にこんなのもありました。

「コロコロコミック」の創刊号でした(汗)。

ちゃんと背表紙のとこには「No.1」と書かれてます。

で、中身をパラパラと読んでみると、

この年の9月に巨人の王選手が通算756号ホームランを打つことになり、当時のメジャーリーグのハンク・アーロン選手の持つ通算755本塁打(確かこのアーロン選手の記録は後年、バリー・ボンズ選手が塗り替えることになるのですが)を追い抜いて世界新記録…とかになる頃の話でした。ちなみにこの年、王選手は37歳だったそうで、今でいうとこのソフトバンクの松坂大輔選手などの「松坂世代」が今年、ほぼ同年齢ということになります。

それと隣のページを見て失笑しちゃったのが…、

「王・張本ライバル物語」

…と(爆)。一応解説すると、この2年前に長嶋茂雄監督が監督就任した最初の年にチームワーストの11連敗(←あ、これは今年「更新」されましたね(苦笑))で、球団初の最下位に終わりまして、そのシーズンオフに打者の補強として白羽の矢が立ったのが当時、日本ハムファイターズで活躍していた張本勲選手。「王の前に大砲がほしい」という事でトレードで巨人にやってきました。王選手と同じ37歳でした。ついでに書くと別の業界で同じ昭和15年生まれとしては、この時点ですでに引退してましたが大相撲の大横綱・大鵬関と、この40年後に77歳で引退することになる将棋の加藤一二三九段とかもおりました。この年は十段戦で中原誠名人に敗れるも、前の年に大内延介九段(ちなみに大内九段はこのつい数日前に訃報が流れてましたね…)から奪った棋王を中原名人相手に防衛するなど、もっとも全盛期の頃でした。

で、この張本の獲得は、ある意味で後年、長嶋監督が復帰して2年目の時にFAで中日の落合博満選手を取ったのと実に似たような発想で(?)獲得したわけですね。実際に2年連続で首位打者争いをして、いずれも打率2位という活躍をしてこの昭和52年も日本シリーズでは阪急に負けてしまいましたが、セリーグ制覇を果たしておりました。

…で、それから今年でちょうど40年。あの「安打製造機」の張本氏が毎週日曜朝にTBSで散々文句垂れて他人様に「喝!!喝!!」と吠えるだけの「ご老害」に成り果てるとは(失笑)

あ、こんなものもありました。

こちらは私が成田の実家から持ってきたブツだったんすけども。

「荒川ラップブラザーズ」のミニアルバムのCDですた(笑)

1992年のアルバムなんで、私はその頃は高校3年生。当時はニッポン放送で夜の帯番組を持ってた伊集院光御大が久保こーじ氏とコンビを組んで出したCDなんですけど、この当時、本当にCD屋からこのCDが一瞬で消えた、というぐらい発売直後はえらいことになってました。ちなみに伊集院御大はこの3年後にニッポン放送のえらい人と大喧嘩して番組を降板することになり、その年からTBSで「深夜の馬鹿力」を放送するようになったんですけどね。こちらも25年前。ある意味で懐かしい(笑)

そもそも「コロコロ」をいつ卒業したのか覚えてない…。

そいつにしても…私が「コロコロコミック」を卒業したのはいつのタイミングだったんだろう。よく覚えてない(ちなみに「少年ジャンプ」はドラゴンボールの連載終了がそのタイミングでした)んだけどなー。たぶん「あまいぞ!男吾」が終わるか終わらないかぐらいのタイミングだったような…。

ただ、確かあの作品、連載終盤のストーリーが「は?( ゚д゚)」という奴で、最終回は覚えてるんだけど終わった実感が全く無く「だったら中学卒業で連載終わらせりゃ良かったじゃん」としか思わなかった記憶…しかないんですよねー。調べたら終わったのは1992年9月号。ということは、↑の「荒川ラップブラザーズ」のCDを買った頃はまだかろーじて立ち読み程度では読んでたことになるんですけども…。ミニ四駆とかキョンシーが流行ってた、というかえらいメディアミックスでコラボしてたのは覚えてるんですけどね。

ま、記事のネタができたってことは、良く言えば「物持ちが良い」、悪く言えば「捨てられない」嫁さん一家に感謝感謝ということで(をい)。

以上です。

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